かざぐるま

 

 いつものように離れた所から、自分の主たちが話し合う(殴り合うと言ってもいいかも知れない)を見ていた。ふと、いつの間にか感じる背後の気配に苦笑をもらす。振り返ることなく、口を開いた。
 

「おまえさんもいい加減主を定めたらどうなんだ?」
「そんなもん、いらねえよ。」
 

 緩慢に響く答えに漸く首を巡らせれば、ひっそりとが佇んでいた。佐助とかすが、そして。三人は知己ではあるけれど、今となっては向かっている方向が三者三様だった。一番不安定な場所に立っているのがだ。かすがと同じように心配してやればはね返してくるが、佐助はが心配で仕方なかった。
 だから、こうやって偶にが来れば、ついつい説教しているような口調になってしまう。にとってはそれが煩わしくて仕方ないようだけれど。
 

「あのなあ、仕える先のない忍なんて意味がないだろう。」
 

 佐助は真田幸村に、かすがは上杉謙信に、それぞれそれこそ命を以て仕えているがには主がない。主が無い、のではなく、彼自身が仕える先を明確にしようとしない。それとなく自分の所に誘ってみてもいつも一刀両断で断られてばかりだ。
 忍なんて掟や何やらで縛られてばかりの影の存在なのに、は束縛を嫌う。自分の動きたいように動けなくなるから、主など要らないと言う。が従順なのは自身のやりたいことに対してのみ。昔から、佐助の諭すような言葉にもかすがのぴしゃりと叱りつけるような言葉にも全く耳を貸さない。
 

「それでも俺は忍なんだよ、そうじゃないとは言わせねえぞ。」
「…おまえさんが忍なのはよくわかってるよ。」
 

 わかりすぎてるくらいだ。
 でも、忍としての存在意義には欠けていると佐助は思う。裏切って上杉謙信についてしまったかすがは、それでも忍としての本懐を全うしているんだろう。一緒に居られなくなったことが今でも寂しいと心の底では思っているけれど。
 忍ぶ者らしく、華奢すぎる身体を黒が基調の装束に纏って、は真っ直ぐに立っている。
 

「最近見なかったけど、どこにいたんだ?」
 

 定まった主を持たないは、この戦乱の中を自由奔放に飛び回っている。佐助の側に付かず離れず居たりもするが、大抵は命を受けて各地を飛び回る時に敵地で見つけることが殆どだ。
 

「京だ」
 

 今までの煩わしそうな表情が嘘のように、ぱっと明るく笑ったが答えた。途端あどけなくなる雰囲気に、佐助の頬も知らず緩む。
 いつもこうだ。荒々しい強さの中に、ふとしたかわいげを見せるから最後まで説教ができたためしがない。そんな自分を甘すぎるとかすがは怒るが、そう言うかすがものこの笑顔を見た後も怒りを持続できたことがない。要するに、どうしても昔からにはふたりして甘い。
 

「京はいいぜー、祭騒ぎだ。」
「…前田慶次か。」
 

 祭騒ぎを堪能したその脚で、気紛れにここに来たらしい。は直ぐにいろいろな所に顔見知りを作ってくるから、いつ面倒が起きるかもと佐助は気が気じゃない。いつ誰と誰が刃を交えて、いつ誰が誰を殺すのか分からないこの時代で。
 

「佐助?」
 

 黙り込んで俯いてしまった佐助をが訝しげに覗き込む。驚きは表に出すことなく、少しだけ目を瞠るだけで身体を離した。何でもないと首を振れば、ふたりの距離は元通りになる。
 側に留まって欲しいと思うのも、生き甲斐もなく死なないで欲しいと思うのも自分の身勝手でしかないんだろうか。
 

「何でもない。」
「そっか?」
 

 腑に落ちないような顔をしながらも一応納得して見せて、は佐助の後方に視線を移した。そこでは、最初佐助が見ていた主達のやり取りが未だ続いている。よく飽きない、というか、身体が保つものだ。
 

「また戦か?」
「…そうみたいだな。」
「佐助も行くんだな。」
「それが俺の忍としての仕事だからねえ。」
 

 忍としての、の部分で微かにの眉間にしわができた。佐助が笑うと、嫌そうに顔をそらす。
 

「充実してるよ。」
「楽しくねえし。」
「似たようなもんさ。」
 

 こちらに視線を戻したは、じっと探るように見つめてきた。その視線を受け止めていると、今度は鼻の頭にしわが寄った。滑稽な表情で、笑いを誘うには十分だったが笑ったら拳が飛んできそうなので止めた。
 佐助の答えは、余程にとってお気に召さないものだったらしい。
 

「かすがと戦うのは、嫌なくせに。」
 

 拗ねるように呟いて、はすっと立ち上がった。答えようと佐助が言葉を探していた矢先だ。不安定な足場も、彼には全く関係ない。引き留めようと手を伸ばせば、その手の中に細くて固い感触。
 

「……かざぐるま?」
 

 手の中にあったのは稚児が持つようなかざぐるまだ。佐助が伸ばした手に、が持たせたらしい。佐助を見下ろした瞳は少し物悲しそうで、でもその色は直ぐに消えてしまった。いつもの、心配も言葉も突っぱねる気の強そうな目だ。
 

「京の土産。」
「あ、あ。珍しいな、が土産を持ってくるなんて。」
「別に。目についたから買ってきただけだ。」
「かすがにもやるのか?」
「…おう」
 

 きっと、こんなもの要らないと言いながらかすがは喜ぶだろう。その姿が目に浮かぶようで、佐助はくっくっと肩を揺らした。睨み付けるようにが見下ろしてくるが、ゆっくりとかぶりを振った。何を言っても無駄だと判断したんだろう。
 

「また来いよ。」
 

 言い終わるか終わらないうちに、の姿はすっと消えた。もうどこを見渡してもその姿を見つけることはできない。今まで音が遮断されていたかのように、いつの間にか笑っている武田と感激しきりの真田の叫び声が聞こえてくる。
 手の中に残ったかざぐるまが、の来訪が幻ではないと主張していた。
 柄をぎゅっと握りしめて、緩める。額にかざぐるまを押し当てて、佐助は暫く目を閉じた。
 また、なんて確証のない曖昧な言葉は言うべきじゃなかったかも知れない。その、また、が訪れるまで生きていたいとおかしな未練ができる。
 

「俺が好きになるのは、難しい奴ばっかりだなあ。」
 

 やんなっちゃうね、本当に。
 乾いた笑いと一緒に自嘲気味に呟いた言葉は、ゆっくりと空に吸い込まれていった。

 

 

 

 

(060816)
先日初めて念願のバサラを見ました。
1のおもしろシーンを見せてくれたあと、2をプレイしてくれたのでとても楽しかったですー!
佐助のストーリーモードを全部見て、健気だ…とずっと呟いておりました。報われない!!