姿勢がいつもきれいだった。ぴんと背筋を伸ばして、真っ直ぐと前を向く。重心が左右どちらかに傾いていることなんてまずなかった。真っ青な空の下、訓練用のMSを前に凛と立つ後ろ姿は、今でも鮮明にまぶたの裏に思い描くことができる。 |
blue
いつだったか、敷地のペーブメント沿いに並べられたベンチに並んで腰掛けて、他愛ない話をしたことがあった。ルームメイトで、四六時中顔を付き合わせている間柄だ。一緒に話す機会なんてそれだけじゃなくて沢山あっただろうに、なぜかその時はそういう風に話をした。 私は自販機で買ってきた紙コップ入りのコーヒーを、は売店で買ってきたミネラルウォーターのペットボトルを片手に、どことなく前を見つめながら、ぽつりぽつりと言葉を交わした。天気は快晴。どこまでも、遠くに見えるMSの訓練場のそのまた向こうまで、雲一つ無い青空が続いている。
がそんなことを言ったのは、何の話題の時だったろう。紙コップに付けていた口を離して、私は隣の彼を見た。の方は、真っ直ぐと前を向いたままこちらを見てはいなかった。
「おかしなことを言い出すな。」
ぴく、と勝手に自分の左の眉が跳ねるのを自覚する。大体、想像できないとはどういうことだ。ここに居る以上、ゆくゆくはユニオンの軍人となるしか無いだろう。しかもは成績も優秀、直ぐにユニオンのMS部隊でも選りすぐりの部隊に選出されるはずだ。もちろん、私と共に。
「私が描く自分の未来にはしっかり君も隣でユニオンブルーを身に纏っているよ。」
紙コップを傍らに置いて、私はに向き直る。彼はいつもの通り、MSに関わっていないときのちょっと間の抜けた、優しい雰囲気だったけれど、その言葉に自分の中で嫌な予感がした。それをそのまま口に出すには、あまりにあやふや過ぎて憚られるくらいの微かなものだった。
「ユニオンブルーは…あの青に君は良く映えるよ。」
どうにかフォローを、というか、その予感を払拭できる言葉を言いたかったのに、結局口から出てきたのは普段が顔をしかめる「歯の浮くような台詞」でしかなかった。嫌な予感がどういった類のものなのか自分でも分からないから、言い様がないのだ。
「そっか」
でも、これ以上墓穴を掘るわけにもいかなくて、紙コップを再び手にに倣う。どこまでも続く青空に、ぽつんと乗って消えたの言葉。それがどういう「そっか」なのか、分からなかったし聞けなかった。
それからまた半年ほど後、MSに搭乗しての模擬戦闘。最後の実技で見たの後ろ姿が、私の見た彼の最後の姿になってしまった。
「申し訳ありません、その人物が本校に在籍したという記録は一切残っておりません。」
目の前の彼女は、何を馬鹿げたことを言っているのかと思った。つい先程まで、は確かに私の視界におさまっていたのだ。それなのに、
「ミスター・エイカー?」
「……どうして、」
一気に身体の力が抜けて、しゃがみ込む。ぐしゃぐしゃに歪み始める顔を、両手で覆った。
「どうして…!」
私は何も聞いてなかった。メールの一通も、置き手紙の一つもここには残っていない。彼はいつものように朝起きて、笑い合って朝食を食べて、演習場に赴き、そして忽然と消えてしまった。
『俺、自分がユニオンブルーに身を包む姿がいつも想像できないんだ。』
いつかの言葉が、リフレインする。あの日のが見つめていた空の続きには何があったんだろう。彼は、それを追いかけて行ったのだろうか。私の言葉を、腕をすり抜けて、どこか遠くへ。
『グラハム』 が私を呼ぶ声が頭の中でこだまする。の清々しい笑顔が、まぶたの裏で私に向けられる。それらがいつまでも、私を嘖み続けるのだ。 |
(081229)
こっちが書きたかった方。
セカンドシーズンでブシドーの仮面さえ取れれば(笑)グラハム氏の現在の夢も書けそうなのになあ。
取り敢えずは学生時代の思い出くらいでしか出番はありません。