この想いが胸を焼く
ふっと引き上げられるような感覚に目を開いた。次第に焦点を結んだ視界が映し出すのは、最早見慣れた鳴海探偵事務所にある自分の部屋だ。上半身を起こし、傍らに置かれた帽子をいつも通りに目深にかぶる。 「よお、ライドウ!目覚めたんだな。」
鳴海の言葉に、ライドウは微苦笑を浮かべるしかない。確かに、成田茜が持ち込んだ事件に関わり始めてから、自分は良く昏倒してしまう。最初は訳が判らなかったが、今ではしっかりと倒れている間の記憶が残っている。外的な指摘を受けて倒れる訳じゃなくて、恐らくは精神的な干渉を受けて意識を保っていられなくなるんだろう、とふんでいる。 「ライドウちゃんも目覚めたなら、俺は心おきなく外出できるよ。そうだ、ゴウトちゃんはちゃんの所にいるから。」
どうせこちらの目が覚めなかったところで外出しただろう鳴海の言葉に苦笑を浮かべたままだったライドウは、しかし彼の最後の言葉に微かに目を瞠った。探していた黒猫の居所を、あっさりと知ることができた。隣にやってきた鳴海の腕を軽く取って引き留める。 「…の、ですか?」
今、ちょっと寝込んでるんだ。あの子。」
そういえば、覚醒したときに変な心持ちになったのはゴウトが側に居なかったことだけが理由ではなかった。思えば、一番最初に視界に飛び込んできてもおかしくないの姿が部屋になかった。 「おう、。目が覚めたか。」
の部屋に入ると、彼の枕元に鎮座していた黒猫が尻尾をはためかせながら振り返った。眼を細めるゴウトは、どうやらライドウの意識が戻っていることを喜んでいるらしい。
「倒れたお主が運び込まれてから暫くずっとついていたのだがな…段々と顔が青ざめてくるものだから、我が鳴海の気を引いて気付かせた。」
そうやって経緯を説明してくれたゴウトの頭から背にかけての毛並みをゆっくりと撫でてやった。感謝の気持ちをいくらか込めながら、それを何度か繰り返していると黒猫の顔がうっとりとしてくる。 「ありがとう。」 精神的な疲労の原因は間違いなく自分だ。顔色の冴えない寝顔を見ていると、溜息しか出ない。 (覚めなかったら?)
自分が目覚めなかったら、ゴウトやや鳴海達が悲しむだろう。でも、だからといっての目が覚めなかったら、などと、考えただけで背筋が凍る思いだ。そんなのは御免だ。 「…そういえば」
自分がからライドウになった、その日からは従者になった。ライドウが認めずとも、彼は従者としての姿勢を崩さない。気を緩めたり、くつろいだり、眠ったり、そういう姿が見れなくなって久しい。 「…ん……、様…?」
蚊の鳴くような声が聞こえてライドウは我に返る。固く閉じられていた双眸が、微かに開いてライドウを捕らえている。眠り以外の表情は、の顔色の悪さを一層引き立てるようだ。寝ていればいい、と手で制したものの、それを振り切っては上半身を起こす。こうなってはもう、ライドウとして命令することでしか彼の行動は縛れないだろう。 「、すまない。迷惑をかけた。」
軽く頭を下げると、狼狽えて両手を振る。その手はゆっくりとライドウの目の前に降りてきて、ゴウトの上にのせられた両手に被さった。先程まで寝ていたからか、その手は赤子のように柔らかくて温かい。 「様がご無事でいてくださったらそれだけで、私は何も望みません。」
声は全く張っていなかったが、強い意志を纏った言葉だった。そんなことはないだろう、とか、それでは駄目なのだなど、ライドウには到底言える由もなかった。 「もう少し、横になっているといい。今日はもうどこへも行かないから。」
思ったことをそのまま口に出来たら、どんなに楽か。の為を思っていても、を悲しませたくないし困らせたくないから、ライドウは心の中で渦巻く言葉の百の内の一も言えず仕舞い。自分が彼の役目について否定的なことを言うのは、まるで彼そのものを否定してしまうことになりそうでできないのだ。 |
(090130)
懲りずにライドウ夢。今度はライ様です。
ベクトルは違えど相思相愛です!だけど微妙に哀しい感じ。(…)
ちなみに私の書くライ様は主人公・ゴウトには比較的砕けた口調で、それ以外には丁寧語でしゃべります。