ニャンコ先生と散歩した帰り道、夏目は唐突に呼び止められた。ドギマギとしつつ振り返れば、一人の青年が立っていた。年の 頃は夏目より少し上くらいだろうか。ふんわりと揺れるモカの髪はどこか名取を思い出させるが、顔立ちはもっと活発そうで、与える雰囲気がまるで違う。
 青年は振り返った夏目にこれ幸いと近付いてくる。身長差から必然的にこちらを見下ろして、青年はにっこりと笑った。恐らく目に見えて怯んでいる夏目を安心させようとしているのだろう。その笑顔はさながら夏に咲く向日葵のようで、夏目の目を惹きつけた。
 

「やあ、この辺に藤原さんというお宅があるのを知らないか?」

 

 

目隠しの向日葵 1

 

 

 

 見知らぬ人と連れだって歩く。夏目にとっては珍しい事だ。それでも、隣を相変わらずにこにこと歩く青年は、警戒心を抱かせることもないし不愉快なこともない。
 

「まさか君が藤原さんちの家族だったなんてね。俺ラッキーだ。」
「いえ、居候してるだけで…」
「? 一緒に住んでるなら家族みたいなもんだよ。ほんと、細かい地図持ってきてなかったから、君が歩いててくれて助かった。」
 

 夏目が住んでいる家、つまり藤原夫妻を訪ねてきたと言う青年は、持っていた地図をひらひらと動かす。細い道まで記されていない大雑把な地図と紙に書かれた番地だけを頼りにやってきた彼は、家の周辺まで来たところで完全に迷子になってしまったそうだ。どうにかしなければと考えていたところで、通りかかったのが夏目というわけだ。
 

「おれ、夏目貴志です。藤原さんとは、遠縁で…。」
「俺は。生まれるか生まれないかくらい前にこの辺に住んでたんだ。」
 

 この春から大学生になるというは、大学の近辺という利便性からこの近くのアパートに越してくるのだそうだ。それで、昔両親が仲良くしていた藤原夫妻に挨拶に来たらしい。証拠に、地図をひらひらさせている手と反対のそれには、デパートの紙袋がぶら下げられている。きっと中身は菓子折だろう。
 まだ引っ越しは済んでないんだけどね、と苦笑する。確かに今の時期ならば、まだ高校に通っている頃だろう。今日は休日とはいえ、わざわざこんなところまで一人で来るのは骨が折れるに違いない。自分も数年後にはのようになるんだろうか、とそんな考えが夏目のの頭の片隅に浮かぶ。
 

「それにしても、貴志くんの猫はユニークな猫だね。」
 

 気付けば、の視線は夏目の遙か斜め下をとてとて歩くニャンコ先生に固定されていた。普通の人間が一緒に歩くことになったから、いつもの通り、ニャンコ先生は黙って普通の猫(?)の振りをしていたのだが、その真ん丸な体形とおかしな顔は黙って歩いたからといって隠し通せるものではない。
 なんと説明しよう、と夏目は少し焦る。変なことを言って、初対面の、しかも藤原夫婦の知り合いの息子さんであるに奇異の目を向けられたくない。だからといって、馬鹿正直に話したらそれこそ何と言われるか分かったものではない。
 そうこうしている間にもユニークと称されてしまったニャンコ先生は気分を害したようで、禍々しいオーラを放っている。さてどうしよう、と内心困っていたら、漸く家が見えてきた。夏目はぱっとニャンコ先生を引き摺って走り出す。
 

「家、ここです!待っててください、今塔子さんを呼んできますから…えっと、さん、」
、でいいよ。俺も勝手に貴志くんって呼んでしまっているから。」
 

 我ながらわざとらしすぎる話題の変え方だったが、は知ってか知らずか、穏やかに応じてくれた。家を見上げている彼に一度頭を下げて、夏目は家に入る。ただいま、と声を上げれば、塔子は探さなくても直ぐに顔を出してくれた。
 お帰りなさい、お散歩長かったのね、と微笑みかけてくる彼女にぱっと気の利いた言葉は出なかったが、夏目は人が来ていることを何とか伝えた。という名字と、昔この辺に住んでいたらしいことを伝えれば、彼女はぱっと顔を輝かせて玄関へと降り立った。どうやら覚えがあるらしい。この分だと、が自分が何者か長々と説明することなく、すんなりと大学のことから話せそうだ。
 

「おい!おい、夏目!!なぜフォローしない!!」
 

 部屋に戻るなり、ニャンコ先生が騒ぎ出した。先程に何気なく言われた「ユニークな猫」という形容の仕方が、余程お気に召さないらしい。夏目は座布団に座り、ドタドタと騒ぐ(多分地団駄を踏んでいる)ニャンコ先生にもいつもの座布団をすすめてやる。そして背伸びをしながら口を開いた。
 

「だって、ニャンコ先生は百歩譲ったって普通の猫とは程遠いじゃないか。でも猫以外のものにもちょっと見えないし、いきなり「妖なんです」なんて言ったって信じてもらえるはずな」
「あいつ、多分「分かる」ぞ?」
「い、…え!?」
 

 ニャンコ先生を説得するつもりで淡々と語っていた夏目は、しかし割り込んできた彼の意外すぎる一言に思わず素っ頓狂な声を上げた。まじまじと鎮座ましますニャンコ先生を見つめると、意図も通りの巫山戯た顔がこちらを見つめている。どうやら聞き違いや言い間違いと言うわけではないらしい。
 が、「分かる」類の人間だなど、夏目にはにわかには信じ難い。だって彼は自分と連れだって歩いているときもすごく普通だった。いつも通り、夏目の目にはいろいろと普通ではないものが映った。せめて初対面の人と居るときだから、と遠巻きに見えたそれらにはなるべく反応しないように努めていた。ニャンコ先生にだって、藤原夫妻や同級生たちがするような反応しか示さなかった。
 ぐるぐると考える夏目を見上げていたニャンコ先生は、ふ、と息を吐き出して丸くなった。短い尻尾がぴこぴこと動く。分からなかった自分を馬鹿にされているようで、何だか腹立たしい。
 

「すごく旨そうなにおいがしたからな。あれで自覚がないんだったら相当だ。」
 

 夏目が我を忘れて階段を慌ただしく駆け下りると、丁度そのは廊下に出て塔子に頭を下げているところだった。彼が帰る前に間に合ったらしい。
 

「あ、あの!さん!!」
 

 どうやって呼び止めれば良いのかなど全く分からない。それでも彼が帰ってしまえば再び会うことは難しい気がした。考えるより先に、夏目は取り敢えず彼の名を呼んだ。
 思ったよりも大きくなってしまったその声は、塔子とを一斉にこちらに向かせることとなった。二対の目に驚いたように見つめられ、夏目の方がたじろいでしまう。それでも、当初の目的を忘れることはできない。夏目はふたりに駆け寄って、を見上げた。
 

「その、なんというか…。あ、えっと、受験の話とか、良かったら聞かせて欲しいんです!」
 

 取って付けたような言い訳だったが、必死にお願いした。同じように妖が見える人なら、話を聞きたいし、自分のことも聞いて貰えたらと思う。祈るような思いで、夏目はの答えを待つ。
 一瞬目を丸くしたは、やがてにっこり笑って頷いた。声をかけられたときと同じ、夏の向日葵のような眩しい笑顔だった。

 

 

 

 

(090123)
以前から友達やメールさせていただく方達がこぞって「良い!」と言っていた夏目友人帳。
漸く手を出すことが出来ました〜。
時々しんみりしたり、ふんわりとしたり、素敵なお話だと思います。
そしてはまってしまうと夢を書いてみたくなるのが夢書きの性です(笑)