目隠しの向日葵 2
それから数分後、夏目の部屋にはが座っていた。夏目、ニャンコ先生、そしてと三角形に座り、彼らの真ん中には塔子が出してくれた二人分のお茶に、大皿に載ったお菓子。 いざ部屋に招き入れたものの、一体どうやって切り出せばいいのか、夏目は頭を抱えていた。ニャンコ先生は「旨そうなにおいがするから」は妖が見える類の人間だと言い張る。だが、確証が無いままにいきなり「葵さんは見えちゃう人ですか?」なんて訊いてみろ。怪訝な顔をされた挙げ句、尚かつニャンコ先生が間違っていたら奇異の目で見られてしまうことになる。 初対面ながら、自分や名取に無い明るくて優しい雰囲気のを夏目は好意的に思っている。だからこそ、そんな風になってしまうのはどうしても避けたい。けれど、だったらどうやって妖の話に持ち込めばいいのかが分からない。
「おいお前、さっきはよくもユニークなどと言ってくれたな!」
繊細に考え込んでいたというのに、痺れを切らしたのか気まずい沈黙を破ったのは何とニャンコ先生だった。当然、夏目は慌ててしまう。腰を浮かしてニャンコ先生の口を塞ぐ。突如口を塞がれたニャンコ先生は当然夏目の腕の中でばたばたともがくが、さらにそこに一発拳を入れて黙らせる。
「はは!喋るんだ、その猫。ますますユニークだね。」
だが、は夏目が想像したどれとも違う反応をした。明るい笑い声は裏表のないものに聞こえたし、その表情からも夏目に対しての負の感情は込められていないように見える。
「さん…」
名を呼べば、ニャンコ先生とじゃれていた(というか、一方的に遊んでいた)がこちらを向いて苦笑を浮かべた。ニャンコ先生を
解放すると、立ち上がってズボンのポケットをぽんぽん、と叩く。
「氷良々、出ておいで。」
次の瞬間、の手のひらには小さな毛玉が載っていた。薄い水色の毛玉は、ふるふると震えて耳を出す。
「この子はね、氷良々。俺と一緒にいる妖だよ。…貴志くんにとっての、そのニャンコみたいなもんだね。」 そう言って、あっさりは自分の口から「妖」と言った。氷良々に手を伸ばしたまま固まってしまった夏目の足許で、ほらやっぱり、となぜかニャンコ先生がふんぞり返った。
「俺ね、昔からちょっと人よりも鋭かったんだ。まあ、ほら、良くテレビとかで見る霊感が強い子的なのかと自分では思ってたんだけど。」
場を仕切り直し、改めて座布団に座ったは、夏目が訊きたかったことを自分から語り始めた。小さい頃の彼は、人よりも少し妖などの気配に強い子だったものの、それが目に見えると言うことは無かったのだそうだ。友人の田沼のような感じだろう。
「でも、13歳の誕生日に両親から箱をもらったんだ。」
秘密箱、に首を傾げた夏目に、は話を中断して教えてくれた。寄木細工が施された箱で、順番通りにパーツをスライドさせていかないと、開かない箱なのだそうだ。うまく頭の中に思い描けないでいたら、察したらしい彼が「今度持ってきてあげるよ」と約束してくれた。
「開けたんですね?」
ふふ、と小さく笑ったは傍で丸くなっていた毛玉―氷良々を取り上げた。夏目の目の前に、それを差し出す。
「で。中に入ってたのが、氷良々。」
見たことのない毛玉を手に取ろうか迷っていた少年は、その毛玉が自分で動いたものだからそれは驚いた。箱を落として尻餅をつけば、毛玉は耳を生やしてぴょんと箱から飛び出してくる。そうして、真っ直ぐ自分目指して走ってきたのだ。
「氷良々と出会って次の日から、俺の世界は変わってしまった。」
後からが聞いた話によれば、その箱はの祖母が両親に手渡した物だった。が生まれて直ぐに、両親に祖母が13歳になったら渡せ、と。何が入っているか両親はもちろん知らなかったようで、だから覚悟と共に開けるようにと言ったものの、好奇心に負けて少年があっさりと開けようとしても特に咎めなかったのだ。
「その毛玉と共に、お前の力が封じられていたんだな。」
その頃を思い出しているのか、が眼を細める。その頃の彼の気持ちが手に取るように分かって、夏目は眉を寄せる。それらが目に見えて、言葉が聞けるだけでも最初はあまり気分の良い物ではなかったし、何より人と違うというのは多大なストレスになる。自分が違うことを知れば、今まで仲が良かった友達ですら、奇異の目を向けるだろう。
「だから、俺は目を塞ぐことにしたんだ。」
しかし、にはあっさりとそれができてしまったそうだ。見たくない、と思うままに、それらからだけ目を背けた。目を瞠る夏目に、器用だったんだよ、とは事も無げに答えたが、自分の傍でニャンコ先生が思い切り疑いの目を彼に向けていた。どうやら、そう簡単にできることでは無さそうだ。
「見えないふりをしていても氷良々はここにいるし…俺が見えないふりしてると、こいつが怒るんだ。」
氷良々の背を人差し指で撫でながら、微笑む。
「だから、高校の時くらいから少しずつ見えないふりをやめた。…今度からは大学生になって、環境も全部一新するから、もうどんなに辛くても逃げてるのは止めようと思ってる。」
話は終わりだという風に、は最後に明るく笑ってから氷良々を離した。氷良々はふわふわと彼の足許にじゃれついている。
「さん、あの、おれ…!」
拙い言葉しか出てこない自分が恨めしいが、夏目の言葉を受け取ったは向日葵のように笑った。出会ったときに惹きつけられたように、その笑顔を見ていたらこれ以上言葉を重ねられなくなってしまう。 「そうだね。ここに挨拶に来て、まさか同じ世界を見る人に会えるなんて思わなかった。 …きっと目隠しを止めた俺への激励だね。」 |
(090123)
主人公の取り敢えずの生い立ちを書きたかったんですが、長くなる長くなる…。
結構端折ったりしたんですけど…ちなみに、くっついてる妖の名前は今回固定にさせていただきました。
「氷良々」は「ひらら」と読みます。名前の通り氷の力を持った妖です。
次は名取さんで書きたいなー、もう朧気に考えてはいるんですよ〜。