unlimited and near white 2
町離れの河原まで来れば、辺りはすっかり静かだった。髪は乱れ、所々泥に汚れたと、その手をひっつかんで黙々と歩く紺の組み合わせは、その静かな中では随分浮いていた。時々すれ違う人々が、ぎょっとした顔で自分達を振り返ることも少なくなかった。 「何でいきなり喧嘩なんてしてたんだよお前は…しかもあんな多勢に無勢で。」
河原に腰を下ろしてやっと、紺は掴んでいたの手首を離す。無意識かその手首をさするに問いただせば、気の抜けた調子で笑う。 「殴ってるの見てたら、お前の腕の方が折れそうだったぜ。」
素直に言ってやれば、反省するどころか誇らしげに胸を張るだろう。はそういうところがひどく幼かったりするところがある。だから、しかめつらで口の端を歪めながら言ってやった。は眉尻を下げて、 「そんなこと言うなよ…あーあ、ほんと、殴ったり蹴ったりの喧嘩なんてこっち来なかったらしてなかったかもね。」
と、河原に足を投げ出して、盛大に息を吐き出した。動いた拍子にふわふわと揺れた着物と髪の毛を目の端で追いながら、紺は鼻を鳴らして前を向く。 「元の世界に未練は無いのか?」
紺の真っ直ぐな視線に、は苦笑を漏らした。膝を立て、それを抱えて俯く。さらりさらりと、遊ばせている髪の毛が紺からその横顔を隠していった。視線から逃れるような動作に、顔を覗き込みたくなったが、あまりに不自然だろうと思い止まる。 「未練なんて無いよ。だって、何が未練なのかも分からない。」
膝を抱えたままで、両腕をさする。喧嘩で当たったか引っ張ったか、それとも殴ったのか、違和感でもあるのだろうか。寒くも暑くもない丁度良い季候なのに、その姿はまるで寒さに必死に耐えようとしているようだ。
「もうさ、友達の名前だって覚えてない。あっちの小学校で習ったまま役に立ってるのなんて簡単な算数と国語だけ。後は全部、こっちで身につけた知識だもの。」
自分と同じくらいの背格好のが「小学校」という言葉を持ち出すと、とてもアンバランスだ。でも、あちらの世界で高校生まで暮らしていた紺と違って、は小学校の低学年程度までしかあちらで暮らしていない。あちらとこちら、ちょうど半分ずつくらい過ごしているのだろうか。 「あぁ、でもさ、時々夢を見るんだよ。」 自嘲的な響きの混じった声に紺の顔が微かに歪む。その表情の変化を知って知らずか、は続ける。
「こんなにここでの生活が長いのに、場所がね、前の家なんだよ。元の……でも、それなのに僕はこの僕なんだ。着物を着崩して、髪の毛を背中に垂らして。僕は板張りの床の上で、椅子に座ってテーブルに肘を突いてね、ママの作るカレーライスを待ってるの。そうしたら、パパが帰ってきた。「ただいま」って声に、僕は立ち上がって「お帰りなさい!」って廊下を走るんだよ。…そうして、夢から覚める。カレーライスの味も、パパとママの顔も分からないまま。」
鴇時よりは長くこちらにいる紺だって、まだ朧気ながら昔慣れ親しんでいた食べ物の味は思い出せた。知り合いの顔だって、覚えてる。それに比べて、隣に座るはどうだ。挑むように横顔を見詰めながら、紺は声に出さずに思う。 「そういう夢を見たときは大抵目が痛くってね…父上と母上の顔が、まともに見れない。」 未練なんて分からないけれど、後ろめたさは確かにあるんだ。やっかいだね。 「…つらいことばっかり話させたな。」 溜息が出そうになるのをどうにか堪えて、やっと一言喋ることが出来た。やっぱり気が利かない。 「その…俺は、」
漸く顔を上げて微笑んだはそれはそれは紺の目に頼りなくうつった。それでも、紺の言葉を遮るように発せられた声にはもう先程までの揺らぎはない。いつも話すような雰囲気で、喧嘩に加勢して貰ったのを少し恥ずかしがるような、いつも通りのだった。それが尚更紺をたまらない気持ちにさせる。でも、そのたまらない気持ちを説明できるような上手い言葉が見つからなかった。言及できる自信もなくて、情けない話、場の雰囲気ががらりと変わったことに安心感さえ覚えている。 |
(090402)
日付を見たら2年ほど前だったんですけど(笑)
部分部分で半分くらい書いてあったので書き上げてみました。
主人公の不安定さというか、軸が無い感じを書いていければなー、とか。