グッド、バイ
ソレスタルビーイングにいることは数年前から知っていたけど、その姿をこの目で見ることは叶わなかった。エネルギーの補給を受けるため、初めて彼らの城へと足を踏み入れ、そしてグラハムは彼を見た。
手を伸ばせば触れるくらいまで近付いて、を呼ぶ。彼はあっさりと振り返った。
「グラハム。…久しぶりだ。」
隣に並び続けると信じて疑わなかったとの道が別たれて十数年。ユニオンとソレスタルビーイング、相容れない存在となった彼とグラハムが銃を構えずに会うことは今までであれば容易くはなかっただろう。皮肉にも、新たな外部からの脅威があってこそ初めて、ソレスタルビーイングと共闘することができたのだ。
「刹那に会いに来たんだよね…ねえ、もし、もう少し時間があれば、」
ふと、の手がグラハムの腕に触れた。一瞬で体温が上がってしまうような気持ちになって、グラハムはこっそりと自分に呆れた。学生の時分ではないというのに、なんと初々しい気持ちか。 「ちょっと周りの目が痛くってさ…俺の部屋に来ない?」
学生時代の頃のように連れ立って、の部屋に入る。言われてみれば、グラハムの部下や、の仲間たちの視線が突き刺さっていたような気もする。ほんの数年前まで敵同士だった2人がいきなり「久しぶり」なんて話し出しては、確かに周りは驚くだろう。
「グラ、ハム…!ちょっ、くるし…!!」
どんどんと胸を叩かれて、拘束の手を緩める。完全に手放したくはなくて、身動きができる程度、顔が覗ける程度に力を抜いただけだ。
「もっと早くこうしておけば良かった。私はいつも、理解するのが遅い。」
腕の中では表情の変化もつぶさに見えてしまう。まあ、こんなに耳まで赤くなっていては、遠目でも分かるかも知れないが。グラハムは小さく笑っての目尻を親指でなぞった。
「君って人はどうしてこう、昔から心臓に悪いんだ…」
これまでよりも少し真面目なトーンの声に、がグラハムを見上げた。真っ直ぐと見上げてくる視線に眼を細め、グラハムはの髪の毛を梳く。
「この戦いが終わったら…」
もう一度ぎゅっと抱きしめて、の顔を肩口に押しつける。答える彼の顔を見ることができないけど、それでいいと思った。
「そしたら、私の手を取ってくれるかい?」
いつかダンスができないのだと真っ赤になりながら白状した彼の手を、「教えてあげよう」と握ったことがあった。あの時は、は照れて少し怒っていたから、それ以上グラハムは自分の気持ちに歯止めをかけた。ぐっと我慢したら、我慢しなくてもいいかと思った頃にはは消えてしまった。
「―待ってるよ。」
背に回る暖かさに、きつく閉じていた目を開ける。手前にぼやけて見えるの髪の毛の向こうに、窓から果てしない宇宙が見えた。これまで見たどの宇宙より、美しく見える。
「今度は俺が、グラハムを待ってる。…ずっと、待ってるから。」
優しい声に、涙が出そうになった。ようやく、やっと、会いたいと一心に思い続けてきた人に会えたのに、その時間はあまりにも短い。自分が抱きしめたいと思うままに抱きしめて、言いたいと思うままに言葉を紡いで、それで終わり。を思い遣ることも、グラハム自身の望みをゆっくりと満たすことさえままならない。
「少年に会ってこよう。…さよなら、。」
別れなど言わない、など、陳腐な気持ちは捨てる。あの日「さよなら」を言えなかったことを、引き留められなかったことよりも悔やんだ。ゆっくりと腕を解き、すっと消えていく温もりを惜しいと思いながらも、グラハムは一度笑って踵を返した。
「さよなら、グラハム。」
一瞬で焼き付いたのは、の穏やかな顔だ。これを胸に愛機に戻れるのなら上々だろう。今まで戦場で思い返したのは、家族であったり、親友であったり、或いは上官や部下だった。そこにこれからのこの顔が加わるのなら、いくらでも士気は高まる。心だって、これまで以上に安らぐに違いない。
(行ってくるよ。) 後ろに、扉が閉まった音を聞く。少しだけ俯いて、の最後の顔を反芻して、暫く心の中に閉じこめる。そうして顔を上げて、グラハムは一歩を踏み出した。 |
(110110)
グラハム3作目。映画見たときからこれを書きたかった。
…けど、これ、映画のバレを知ってればこそ酷い話ですよねええ(笑)
まあ、別にひょっこり戻ってくれば良いと思ってますけど、私!