好きも嫌いも全部ばれてる

 

 不思議だ。もう、何度目になるか分からない気持ちを胸に、は目の前の名取を見上げた。相変わらずキラキラと必要以上に眩しい男は、やたら穏やかな顔をしている。
 その穏やかさを他でもない自分が与えているのだと、自覚するには時間が必要だった。最初は、いやまさか、と気づきそうになると自分のどこかで必死に否定する声が上がっていたのだ。それを通り越えてしっかり自覚するくらいには、彼との逢瀬を重ねている。


「どうした?」
「…え?」
「おれの顔を見てずいぶん考え込んでいるから。」
 

 そんなに変な顔かな?と、問うてくる名取には首を左右に振った。やたらキラキラしてるだけで、変しゃない。むしろ、名取の顔が変だというなら、たいていの人は変よりもっとおかしな顔だ。
 

「そうじゃないなら、いいんだけど。」
 

 そういえば、最初は2人きりで言葉を交わすことすら論外だった。テレビを通してしか会うこともなかっただろう名取を、は一方的に嫌っていた。高校時代から付き合っていた彼女が、彼のおっかけをするからと自分を振ったせいだ。今思えば、芸能人にかこつけて振られるくらい自分達は終わりに近付いていたのだろうけど、振られた直後はショックだったし、名も知らなかった名取の存在が恨めしかった。
 その名取とを引き合わせたのは、彼女と別れる数ヶ月前に出会った夏目だった。そう、当初は怯えて威嚇する子猫よろしく、弟のように思う夏目がいるからこそ我慢して顔をつき合わせていたのだ。
 それがいつの間にか夏目がいなくても2人で会うようになって、間に恋情まで漂う間柄だ。人生何が起こるか本当に分からない。
 

、本当にどうした?」
「あ、ごめんなさい。」
 

 気遣わしげに顔を覗き込まれては慌てて考えを中断した。気遣ってくれると同時に、きっと名取を不安にさせている。彼はどこまでも図太くタフに見えて、意外と繊細だ。
 彼を不安にさせるのは本意ではなくて、はとっさに謝罪する。でも、名取に一度浮かんだ寂しげな色は取り払えなかった。
 

「謝らなくていい。」
 

 口ではそう言ってくれるが、絶対に哀しいと思っている。名取も夏目も、自分と違って妖怪に対してある種の割り切りみたいなものを持てずに育ってきた。だからか、感情を人に見せず、嘘で覆おうとする。無意識の自己防衛みたいなものなんだろう。
 どうしよう、と名取を見つめるの目に、蜥蜴が飛び込んできた。彼の首もと、シャツの襟から這い出してきた蜥蜴は音もなく顔へと移動する。それに導かれるように、は名取の顔に手を伸ばした。
 触れる瞬間、微かに名取が震えたのが分かる。いつもこちらに触れてくるときはもっと唐突で無遠慮なのに、とは少しおかしくなった。
 

「とかげ」
「あ、ああ。出てきたのか。」
「ごめんなさい、本当に。あなたと向き合ってると時々すごく不思議に思えて、ちょっと考え込んでたんです。」
 

 彼が戸惑った隙に、素直に吐き出してしまえば、名取の表情からいくらかの不安がぬぐい取られる。安堵したが手を引こうとすると、逃がすまいと絡め捕られた。
 

「不思議って?」
 

 絡め捕った手にくちびるを寄せるようにして名取が聞いてくる。指先に触れる吐息が恥ずかしくて、くすぐったい。居たたまれずが身じろぎしても、やんわりとした拘束は揺るがなかった。
 さっきまでの殊勝な態度はどこへいったのだろう。申し訳なく思ったものの、あれくらいの方が自分には接しやすい。
 調子にのらせてしまったかも、とちょっと後悔しながらは口を開く。
 

「初めは嫌ってた新進気鋭の芸能人と、こうやって2人で向き合ってるんです。不思議でしょう?」
 

 名取はの答えに笑った。あまりに楽しそうに笑うから、はまばたきを繰り返す。自分はそんなに笑える返答をしただろうか。ストレートな言葉は、名取にしてみれば機嫌は損ねそうだけど笑えはしない内容だったと思う。
 ひとしきり笑って、名取が捕まえたままのの手を引いた。軽い力ではあったけど、簡単にの身体は名取の腕の中に収まる。
 

「不思議じゃないさ。」
 

 言葉と共に鼻の頭にキスが降ってくる。直ぐにまぶたや頬にもくちびるが触れて、今度こそは恥ずかしさに顔を赤くした。甘ったるい雰囲気は、慣れようとしてもなかなか慣れない。最近、自分が赤くなることで名取が悦ぶと知ったけど、どうにかしたくても勝手に顔に血が上るのだからやりようがない。
 

「な、んで、ですか?」
「ふふ、だっておれは初めて君を見た時からこうなりたいって思ってたから。」
「…初対面の時、俺めちゃくちゃあなたのこと睨んでたと思うんですけど。」
 

 自分のあの態度で、よくそんな考えができたものだ。恥ずかしさがすっと引っ込んで、は名取を冷めた目で見てしまう。それでも名取は満面の笑顔だった。
 自分の元彼女のような、彼の熱烈なファンにとっては、この笑顔はたまらないものなのだろう。向けられたら最後、とろけてしまうに違いない。でも、
 

「最近思うんですけど、周一さんてとんだ変態ですよね…」
 

 この人のことが好きだけど、まだやはり自分は女の子たちとは違うらしい。それとも、近付きすぎてしまったのか。
 言葉と共に吐き出したかった溜め息は、名取にくちびるを塞がれて呑み込まれてしまう。何度か角度を変えて口づけて、ようやくを解放した名取は額をくっつけるようにしてにやりと笑った。さながら、ドラマの悪役みたいだ。
 

「変態でも好きだろう?」
 

 さっきまでの自分の思考を読み取ったようなセリフ。分かり易く肯定してあげるのが何だか癪で、は名取の笑みを真似て顔を近付ける。くちびるに触れる間際、閉じかけた視界に彼の目許を這う蜥蜴が見えた。

 

 

 

 

(110630)
思った以上に甘くなった…なぜだ(笑)
家のケーブルテレビの関係で、ちょっと前からアニメの夏目を見れるようになりまして。
アニメとても綺麗で、名取もかっこよかったので思わず書いちゃいました。


title:群青三メートル手前/彩日十題