寫眞
大学から帰ってきたら母さんがやたらにこにこしていた。訝しく、というよりも嫌な予感と一緒に家に上がる。いつもなら直ぐにまとわりついてくる青嵐たちがその声すら聞こえない。 嫌な予感が段々大きくなるような感覚と一緒に、一番大きな和室を覗く。 「…何してるの」 青嵐たちが畳の上に大の字になって寝転がっている中、部屋の中心で一生懸命何やら覗き込んでいたのはだった。 「何してるの」 さっきと同じ質問を繰り返す。 「あのね、おばさんにアルバムを借りたの。」 が開いているのはアルバムだった。思わず両手をついて覗き込むと、慌てたような声が上がる。 「あ、律くんのじゃないよ!やっぱりこういうのって、見られたくない写真もあると思うし…」
そのフォローに僕は少なからずほっとした。特に幼い時の写真なんて自分の意思とは関係無しに撮られているから否応なしにもう二度と開きたくない写真が残ることもある。それを、に勝手に見られてしまうのは嫌だった。 「誰の写真?……随分と古いみたいだけど。」
まじまじと覗き込めば、写真は時々色褪せてしまっているようなのもあった。僕を撮った写真よりも年代が古いことが一目で比べなくても見て取れる。 「この子、もしかして―」
僕の呟きに、の弾んだ声が被さった。その反応で自分の考えは外れていなかったのだと計らずも分かってしまい、僕は微かに落胆した。 「開さんだよ。」
この子供にしてはやけに冷徹そうな顔、もしかしなくても開おじさんだった。それにしても、が彼と知り合いだったとは驚きだ。少なくとも僕は引き合わせた覚えはない。あまり、引き合わせたくなかったので。 「知り合いだったんだ、とおじさん。」 つとめて気にして無さそうな、さりげない一言を装った。は小さなおじさんの写真を眺めて眼を細めて、次の頁を捲った。 「うん、前にね律くんが会いに来たけど居なくて、それでちょっと外を探検してたら。」
ああ、何だかんだ言ってその原因を自分が作ってしまっていたとは。その時丁度居なかった自分を悔いるが、如何せんいつのことなのかが分からない。おじさんが戻ってきてからなのだとは察しが付くけれど、の「前」というのは果てしなく広義だ。 「それからね、何回か会ってるの。律くんとはまた違う興味深いひとだね。」
優しいの言葉は、目上の人に言っているようでまるで孫でも見守っているような雰囲気を持つ。その優しさが、自分ではなくて開おじさんに向けられているのだと分かっているから何となくもやもやとした。 「…それで、何で写真なの?」
この声がいつも通りに響いていると良いと思う。彼は聡いから、もしかしなくても普通じゃないと分かってしまっているかも知れないけれど、それが何故なのかは知らないでいて欲しい。 「『開さんがぼくよりも小さくて子供してるところなんて想像できないですね。』」 こう見えても君の何分の一も生きていないのだけれどね。
「最後に開さんがぼくに『それなら写真を見せて貰うと良い』って言ってくれたから、今日はおばさんにお願いしてアルバムを出して貰ったんだよ。」 愛おしそうにがアルバムの頁を撫でる。優しそうな手の動きに、羨ましい、と思う。 「本当に小さいねえ…この頃だったら、きっとぼくの方が開さんよりも大きいね。」 が、おじさんのことを知っていく。他ならぬ彼が、に知ることを許した。特別なことなんだって、直ぐに判った。 「」
乾いた口をしめらせるように固唾を飲み込んでから、名を呼んだ。は素直にアルバムから僕に視線を移す。僕を見つめる目は真っ直ぐで真っ白だ。彼には何の裏表もない。おっとりした人見知りの激しい普通の子に見えるは、それでもやっぱり普通じゃない。 「…僕の写真も、見てみる?」
踏み出せ、踏み出せ、と自分の中で言い聞かせながら顔を輝かせるに頷き返した。まだ大丈夫、まだ並んでもない。僕の方が側に居る。彼と出会って仲良くなって、一緒に居た時間はまだ覆せない。 「開さんの見ていたら律くんのも見たいなって思ったんだ。でも、やっぱりこういうのって勝手に見ちゃいけないでしょう?」 にっこり笑う。昔から僕が、決して愛想が良い、気が利いているとは言えない提案をひとつずつしてきた時と同じく。 |
(060826)
前のサイトの企画でお受けしていたリクエストのひとつです。
リクエストを消化する前にサイトを閉鎖してしまったので(汗)
「夏色の思い出」と同設定、自覚と伏兵出現。