思わず物陰に隠れた。側を通る見知らぬ人の目線がイタイ。

 

 

少しずつ僕たちは、

 

 

 

 じっとして、隠れた原因が視界から消えるのを待った。こっそり伺う視線の先にはよく似た顔がふたつ。造作はとても良い。でも別に自分にとって彼らの顔が綺麗だろうが芸能人と一緒だろうが全く関係が無 く。
 

(早く居なくなれ…!!)
 

 俺はただただそれだけを念じ続ける。
 が、しかし。そんな世間は甘くないことを再確認させられることになってしまった。同じ顔の内、ひとつ―前髪が中分けになってる方が隠れているはずの俺をしかと見つけた。つまりは、ばっちりと目と目が合ってしまった。
 感情の表れが乏しい顔は俺と目が合ったところで微塵も変化しないのだけれど、それでももう逃げられないことを悟る。
 俺を見つけた中分けが同じ顔のもうひとりの制服の袖をちょんちょん、と引っ張る。気付いたもうひとりに俺を指さして見せる。じり、と後ずさりすれば大股でふたりは近付いてきた。その歩調も手の振りもふたり全く一緒だから驚きだ。折角感じなくなった見知らぬ人からの突き刺さる視線が復活した気がした。
 

「こんな所で何挙動不審者やってるの?」
「新しい遊び?」
 

 回り込んで俺を見下ろしたふたりは抑揚のない声で口々に言う。頭に来るけれど、ここで怒っていたのでは始まらない。俺は隠れるのを止めてちゃんと立った。やっぱりそれでも、ふたりの目線は俺の上にあるからむかっとする。俺の成長期を嘲笑うかのように俺以上の成長期であっという間ににょきにょきと伸びやがって。
 

「訊きたいのは俺の方だこの双子め。」
「双子めって…ねえ、悠太。」
「そんな括りされたんじゃたまったもんじゃないね、祐希。」
 

 前髪が中分けになってる方が悠太と言う。そして、もう片方が祐希。
 学校は幼稚園から一度も一緒になったことはないけど親戚という厄介な関係だったが為に小さい頃からの付き合いだ。親戚の上、住んでるところが微妙に近い。こんなに厄介なことはない。従兄弟達よりもよっぽどこの双子と関わることの方が多いんだから。
 

「何でこんな所うろうろしてるの?あんた達この辺は縄張りじゃないでしょ。」
 

 ふたりの高校からは遠く離れているここは、俺の高校が近い。俺と同じ制服の生徒は歩いてても、ふたりと同じ制服なんてどこにも見当たらない場所だ。
 だからまさかこいつらに会うなんて思わなくて思い切り油断していた。居るはずのない姿を見つけて吃驚して思わず隠れちゃったのだ。
 涼しい顔の(と言ってもふたり揃って表情なんて変わらない、全く同じ顔だし)悠太が俺の言葉には何ひとつ答えないで手を繋いできた。手を繋ぐのには悪い季候じゃないけど、そもそも気候は関係ない。周りを歩く主に女の子達が顔を輝かせたり小さく悲鳴を上げたりするのが見えたり聞こえたりして俺は頭を抱えたくなる。
 空いてるもう片方の手は祐希にさっと取られてしまって、それすらままならなかったけど。
 

を探しに来たんだから、縄張りの外にいるのは当たり前でしょ。」
 

 悠太が当たり前のように言って、祐希が頷く。俺はふたりに引き摺られながら瞬きした。
 探しに来た?
 

「どうして」
 

 ふたりとは何の約束もなかったはずだ。携帯のメールや電話は時々あるけど、それでも「今度会おう」なんて言った覚えはない。家族ぐるみの夕食会か何かかとも思うけど、両親がうきうきと計画していた予定日はもっと遠かった。
 このふたりは無駄な労力とかそういうのを全く使うタイプではなくて、自分から動くと言うよりは人が動くのに便乗して、さらに乗っ取るタイプだ。
 

「探しに来ちゃ駄目なの?」
「いや、でも」
「まあ、祐希の場合アニメージャ買うついでっていうのもあるけどね。」
「…やっぱり何かのついでかよ。」
 

 何となくほっとして溜息を吐けば、祐希がじっと俺を見てる。
 

「でも、普段ここまで買いに来ないのはだって知ってるでしょ。」
「…」
 

 じゃあ何でだよ、と言いたくなるのをぐっと堪えた。兎に角マイペースの双子達は、捲し立てるように質問したところで望む答えをくれやしない。引き摺られるままに歩きながら、俺は必死に頭を動かした。
 

「あーあ、もう。分かっちゃいるけどここまで鈍いとやんなっちゃうね。」
 

 さっぱり答えが出ないまま足ばかり動かしていたら、祐希の呆れた声が耳に滑り込んでくる。顔を上げるといつの間にか家の近くまで来ていて、ふたりの顔が揃って俺を見下ろしている。
 静かな表情は変わらないままだけど、付き合いの長さの賜かふたりが声だけじゃなくて本当に呆れているのがよくよく分かった。いたたまれない空気に、早く続きを喋ってくれと心の中で思う。俺の察しが悪いのがいけないんだろうか。でも、分からないものは分からないし。
 

「悠太さん言ってやって。」
「…祐希さんが言ってやってよ。」
「えー。なんで。めんどくさい。」
「オレもめんどくさい。」
「あーもうめんどくさいな!さっさと言えよ双子どもめ!!」
「あらやだこの子ったら自分の察しの無さを棚に上げて怒ってますわよ。」
「まあ本当。親の顔が見てみたいわあ。」
 

(おまえらもよく知ってる顔だよ…!!)
 

 この期に及んで結論の発言を譲り合っているふたりに思わず声を荒げれば、刺すような視線とわざとらしい言葉で攻撃されてしまった。ここで言い返すことも勿論できるけど、これ以上話をだらだら続けてても時間の無駄だし、ご近所で要らぬ注目を浴びることは避けたい。
 大人になれ俺、と自分で自分に語りかけぐぐっと耐えた。
 それにしてもよく俺って小さい頃からこの双子と付き合っていられたものだ。絶縁状を叩き付けたっておかしくない、絶対。普段の人付き合いであんまりストレスを感じることがないのは、昔からこの厄介なふたりと付き合って居る所為だろう。そうやって考えれば、このふたりも役に立っているじゃないか。
 そうでも思わなければ、本当にやってられない。
 俺の平穏な放課後を返せ。このやろう。
 


「ああ?」
「…そういう返事しないの。可愛い顔してるんだから。」
 

 溜息と一緒に悠太が言って、俺の頭上で祐希と目配せをする。俺の腕を放した祐希は、先に歩いて行ってしまった。方角的に俺の家だろう。母さんに挨拶でもするんだろうか、それとも、おやつを用意しておいて貰おうとしてるんだろうか。
 悠太は祐希の背中が見えなくなるまでぼんやりと見送って、俺の腕を持ったまま顔をじっと覗き込んでくる。悠太の目って、底が見えない感じで昔から探られるように覗き込まれるのは苦手だった。今日もやっぱり、何も言えずに押し黙るしかない。
 

「オレたちさ、」
「?」
 

 ゆっくり、悠太が切り出す。
 

「今年で17になるわけじゃない?」
 

 高校2年生、これまで人生波風なかった訳だから17以下でも以上でもない。悠太の視線が気まずかったので、大人しく頷いた。
 

「そろそろ、次のステップに進んでも良いんじゃない?って祐希と話し合ったわけ。わかる?」
「…さっぱりわかんねえ。」
「本当に、鈍感だね。は。」
 

 落胆した、と言うよりも、再確認したとでも言いたいような口調だった。鈍感鈍感といわれて嬉しいわけがなく、俺は眉間に皺を刻む。
 次のステップってなんだ、次のステップって。
 次にやってくる人生の大きな節目は大学受験か成人式だろう。17回目の春が終わるか終わらないかなんて機構的にも中途半端なときに進むステップなんて果たしてあっただろうか。
 

「悠太、何が言いたいの?」
「…オレと、祐希はね、。」
「うん」
「ずっとずっとのことを見てたんだよ。気付かなかった?」
 

 口の端だけで微かに笑った悠太は、掴んでいた腕を放して俺の頭を優しく撫でた。普段のちょっと近寄りがたい雰囲気がいきなり崩れて、一気に優しくなる。不覚にも俺は、少し鼓動が跳ね上がるのを認めてしまった。
 

「約束を取り付けてなくても、家族で会いに行ったり来たりする時じゃなくても、学校が違っても。会いに来ても良いでしょ?」
 

 それが次のステップなのか、なんて、訊くことも出来ず。俺は盛大に視線を彷徨わせて、口を開閉させた。久しぶりに聞くような気がする、悠太の気持ちのこもった暖かい声にどう返したらいいのか分からない。どう答えれば正解なんだろう。
 この双子が会いに来るといつもどっと疲れて、ちょっと頭痛がするくらいで。ペースを掻き乱されてばっかりで今に血管が切れるんじゃないかって思う。でも、でも。
 

「オレも祐希もに本当はもっともっと会いたいんだもん。」
 

 偶に、ほんの偶に、ほんのちょっぴり。長く会っていないと、寂しいとか遊びたいなとか思う。
 絶対絶対、目の前の男に言ってやろうとは思わないけど。
 

「だからさ、早速会いに来たよ。」
「メールくらいしろよ、ばか。」
「大部分が気紛れだから、仕方ないよ。」
 

 本当は、放課後学校を出て最初の角を曲がるまでいつものメンバーで寄り道するつもりだったから。
 事も無げに悠太が言って、俺はがっくりと肩を落とした。いつもの表情に戻ってしまった悠太を見上げれば、さっきの一瞬はまるで夢か幻だ。 そりゃ、ずっとあんな態度されてしまっては心中穏やかじゃないけど、こうもあっさり戻られても対応がついていかない。
 悠太と目が合わせられないまま、俯き加減で俺は口を開く。
 

「俺…」
「ん?」
「これから、どんな顔して悠太達に向き合ったらいいの?」
 

 小さく、ふふ、と悠太が笑ったような気がした。
 俺の態度が、自分が思ったとおりと言わんばかりに。
 

「いつも通りで良いんだよ、はさ。あとはオレ達に任せておいて。」
 

 おばさん、駅前で買ってきたケーキ出してくれるんだって!
 打って変わってテンションが高くなった祐希の嬉しそうな声が遠くからして、悠太はさっさと歩き出した。もうきっとこいつの頭の中は駅前のケーキのことでいっぱいに違いないんだと思うと、悩んだ自分がばかみたいに思えてきた。
 できたらこのまま、難しく考えずにいれたらいいのに。

 

 

 

 

(061004)
君と僕。は双子が好きです、やっぱり。
微妙な感じが伝われば。
(いつだって微妙なのばっかりだけど!)(…)