陽の高い時間、ひろいひろい屋敷を囲むひろいひろい庭の片隅にある、ひろいひろい離れ。一体何人の人が入ったら、閑散さは無くなるんだろうと、こんな寂しいところにひとりで居ると考える。父上も母上も今日は夜まで帰らないし、離れには屋敷に雇われている人も訪れない。 僕は今、ひとりぼっち。 (ああ、でも…) 別に、誰か、が居たとしても僕はひとりでしか無いのかも。 「よぉ、良いご身分だな?。」
瞬間、目に映るすべての色がくすみきったそれから、鮮やかなものに変わった気がした。このまま陽が落ちるまで、このつまらない僕の思考は続くはずだった。それを一気に断ち切った、僕以外の声。 「紺!」 |
道しるべ
座敷部屋に上がって貰うと、紺はきょろきょろと忙しなく視線を巡らせた。最後に、彼を見つけたときと殆ど変わらない場所で座り込んでいる僕を見て眉を寄せる。何か可笑しいところがあっただろうか。瞬きしていると、はあ、と溜息。 「こんなところに籠もってるから、ぼけっとするんだ。外に出ろ、外に。」 果たしてどんな顔をしていたか、自分では勿論分からない。僕は苦笑しつつ、傍らにあった菓子の乗った盆を差し出した。 「殺風景すぎるぞ、この部屋。」
そんなことを言われたのは初めてで、僕は盆を差し出した手をそのままに瞠目する。紺はさも当然のように言うけれど、この部屋は父上と母上が僕のためにときれいにまとめ上げてくれたお部屋なのだ。生活する為の場所じゃないから、ものは全くと言っていいほど置いてないけど。それを殺風景、と一言で切り捨てたのは紺が初めてだ。 「趣味の良いお部屋だって、よく言ってもらうんだけどな。」 こんな部屋にひとりでぽつんといるなんて身体に悪いし寂しいよ!ほら、俺たちと一緒に外に出よう、ね? 「よく分かったね。」
出会ったときに遊びに来いとは言われたけれど、自分の家を教えるのを忘れてしまっていた僕は少なからず後悔していた。次に会えたときには絶対言おうって心に決めていたんだけど先に紺が来るとは思いもしなかった。 「酔狂な京風の屋敷と、そこに住んでるこれまた酔狂な若さま…この場所を見つけるのに時間なんてそう要らねえよ。」 僕の疑問に差し出した菓子を食べながら紺がぼやく。 「そっか」
他に何を言えばいいのか分からなくて、僕はそんな一言を落として黙り込むしかなかった。紺も紺で言葉の応酬を望んでいる訳じゃないらしく、菓子をどんどんと平らげていく。よっぽどお腹が空いていたんだろうか。その見事な食べっぷりを僕はまじまじと見ている。 「…来ればいいだろうが。」 まじまじと見過ぎて、紺がやっと喋った一言を聞き逃してしまっていた。間抜けな声と一緒に、弾かれたように顔を上げる。 「だから、俺達のところにだよ。ひとりで何鬱々としてんだ、お前は。」
どうやら怒られているらしい。それだけ感じ取ってぼそぼそと謝ると、再び煙管の先が振ってきた。同じ所ばかり叩かれて、額がとても痛い。もしかすると、赤くなってるかも。 「別に、鬱々としてたわけじゃ…」
できたばっかりの友達の家に遊びに行くって、とっても勇気が要ることだ。小学校に行っていたとき、クラス替えがあったときとか、新しい友達ができる度にそうだった。遊びに行きたいなって思って、たくさんたくさん話をして、「僕こんなゲーム持ってるんだ」とか、「じゃあ今度一緒にやらない?」とか、そういうやり取りをしてやっと。家の場所を確認して、お母さんにおやつを持たせて貰ったりして、それで。 「……じゃあ、」 不機嫌そうな紺を目の前にして、沢山沢山考えた挙げ句、やっと僕は切り出した。紺の片方の眉がピン、と跳ねる。 「じゃあ、遊びに行くよ。…明日、行くから。ぜったい。」
知らず語気が強まったのか鼻白む紺に僕はそれでも不安で少し多めに念を押す。分かったから、と身を乗り出した僕の身体を紺が押し返す頃には、感情が高ぶりすぎてもう泣きそうだった。ぎゅっとしかめた顔に、泣きそうだと思ったのか紺が呆れた顔で僕の頭をかき混ぜた。 「いちいちオーバーなんだよ。」 すっかり聞かなくなってしまった片仮名の言葉が耳にじんわりと馴染む。僕は思う。 「…お前な、」
泣くのか笑うのかどっちかにしろ、と紺が僕の目元をこする。僕よりもずっと逞しい指は、多分本人に言ったら怒られるんだろうけれど、元の世界のパパを思い出した。 |
(080113)
あまつき夢。設定は「the stopped Heart」から続いています。
これも前のサイトで頂いていたリクエストのひとつなんですが…
流石にもう見てらっしゃらないだろうなあ(汗)とも、思いつつ。
こっそり捧げさせていただきます。