瑠璃鶲のみる世界 2
視界にふわりと沓が入り込んだ。重さを感じさせない足取りに、自然と采和は口元を緩ませながら視線を上げる。 「参りました、藍さま。」 そこには陽に透かした翡翠のような髪の、華奢な少年が立っていた。自分とそんなに目線の変わらないこの少年、を、采和は好ましく思っている。確かに見上げる必要はあるが、一葉や鐘離ほどではない。それに何より、彼の髪の毛は下から見上げた方が光をいっぱいに吸い込んで艶々と美しい。一葉らはこの美しさを知らないと思うと、微かな優越感すら覚える。 「藍さま。」 謝罪を口にしつつ、采和はに椅子を勧める。彼は生真面目に足を揃え、一礼してから腰を下ろした。 「帰ってきたばっかりだったんだってな。知ってたら明日にしたのに。」 いつの間にか運ばれてきた茶に口を付けながら、が微笑む。そうすると、采和とはまた違った「少年らしくない」顔になる。 「蓬莱にはもう行ったのか?」 くすくすとおかしそうにが笑う。先程の微笑とは違った笑みに、采和が片眉を跳ねさせた。は采和の表情の変化をどう受け取ったのか、すっかり弧を描いた口を袖で隠しながら言う。 「疑っておいでですか?大丈夫ですよ。ぼくは師父に頭を掴まれたくはありませんもの。」 (鐘離のやつ、まだ怒ってたのか…。) 采和の目が据わる。いつものことなのだから、そういつまでも腹を立てていては身がもたないだろう。それに、折角仕事を終えて帰ってきた弟子を怒ったままに出迎えてどうする。暫くぶりに会う師父がいつまでも別件で怒っていたら、彼がいたたまれないではないか。には全く否がないのだから、偶にはあの仏頂面に笑顔のひとつやふたつ浮かべて出迎えってやればいいのに。 「…それで、一葉にはまだ会えますか?」 本当は、驚かせてやりたかったのだ。は一葉とは真逆で、身分でしっかりと線引きをする。だから、自分に対してはいつも一歩退いていて、一葉たちに対するような気易い態度で対応してくれることはほとんどない。 「今から会えるか?」 言いながら采和が立ち上がると、も倣う。自分の傍に彼がやってくるのを一拍待ってから、采和は歩き始めた。もういい加減、鐘離も追いかけるのを諦めた頃だろう。一葉ひとりならば、静かに顔を合わせられるはずだ。 「今日は居ないのか?あいつ。」 藍さまの所に来るだけなら、あれも来たかも知れませんね。はそう続けて、廊下の窓の外、眼下に広がる庭園を見つめた。 「申し訳ありません、あれの心無い態度の所為で藍さまを不愉快にしてしまって。」 いつの間にか足を止めていたが謝る声に、采和もつられて足を止めて振り返った。いつの間にか数歩分の距離が彼との間にできていた。 「気にするな。あいつが以外に心無いのは今更だろ。」 <神に愛されし子>。を指す名以外の言葉だ。「歌士になる前からあの神はの傍に居た」と、真偽の程は定かではないが、一部では有名な話である。 「今に調教師に引き渡してしまうぞ、と脅してるんですけれど…どこふく風で。」 安易に想像がつく。辺りは草木一本生えぬ荒野に成り果てるだろう。だが、頬に手を当て、微かにくちびるを尖らせながら言うは、どうやら本気で彼の神を脅しているようだ。 「藍さま」 再び歩き出した時、に名を呼ばれ采和は彼を見上げた。は采和を見下ろしているのに、眩しそうに笑う。 「ありがとうございます。一葉のことを教えてくれるために、お呼びくださって。」 それ以上は、のことを見ていられなくて、采和はおうとかうんとか適当な返事をして前を向いた。全く、恥ずかしくていけない。 |
(081202)
視点も違うんですけど場面的に続いてるし、
主人公のこと前のだけでは分かりきらないので続き物ということで。
藍さまは主人公のことが大好きです(笑)