私とワルツを

 

 士官学校の寮での生活をグラハムはとても気に入っていた。その一番の要因は、ルームメイトだ。
 

「やあ、!」
 

 遠目にそのルームメイトの姿を見つけ、グラハムは大きな声で名を呼んでから駆け出した。大声で名を呼ばれたの方は、グラハムの声に驚いて立ち止まった他の友人達に軽く手を挙げてグラハムの方へとゆっくりと歩いてくる。近付くにつれ、その顔に浮かんでいるのが呆れたような笑顔だと知った。
 とグラハムは、士官学校に入った当初からの付き合いだ。何となくうまが合うのか、目立った喧嘩もせず良好な関係を築いている。おまけに、成績はふたりとも超が付くほど優秀で、顔にしても家柄にしても文句の付け所がない。学校内では、結構な有名コンビだった。
 

「グラハム!…そっちも今日の訓練は終わったの?」
「ああ」
 

 今日はふたり別々で実際に軍隊で使っているMSを使っての訓練を行っていた。はグラハムが来るまで彼のグループが訓練を終えたことを知らなかったようだが、グラハムは逆だ。しっかりと、彼のグループが訓練を終えたことを「見届けて」会いに来た。
 

「すごかったな、。」
「うん?」
「リアルドを使った模擬戦だよ!君がどの機体に乗っているのか、一目で分かった。」
 

 乗り込むところは見ることが出来なかったが、模擬戦の時のリアルドの動きだけで、グラハムにはが搭乗している機体を知ることが出来た。それ程に他の追随を許さない、抜きん出た操縦技術だった。
 実は、グラハムは思わず自身の訓練の手を止めての操る機体の動きに見とれてしまって紅白戦に負けてしまった。そのことをわざわざ彼には言いたくないが(先ず格好悪いから。そんな失態を自分の口から彼に知らせたくない。)、自分が一本取られたのはジョシュアだ。きっと、彼ならに喜々としてグラハムから一本取った話を伝えてしまうだろう。
 その時のことを考えて少しむっとしたグラハムだったが、直ぐに気持ちを持ち直した。目の前にいるのはジョシュアではなくてなのだから、つまらないことを思い出しても何の足しにもならない。
 目の前のはグラハムの素直な賛辞を受けて、はにかむように笑った。抜群に整った顔立ちではないが、彼は醸し出す雰囲気といい、こういう表情をするとぐっと人を惹きつける。
 

「ありがとう…まさか見られてたなんて、ちっとも思わなかった。」
「はは、はMSに乗ると目の前のミッションしか見えなくなるからな。」
 

 そう言うところもまた、の魅力だ。グラハムは心の中でこっそりと付け足して、歩くことを促した。ふたりは並んで、寮への道程を進み始める。スポーツバッグを掛け、見慣れた制服に身を包んだは、ぺったりとした自身の前髪を気にして指でつまみながら歩く。
 

「そういえば、グラハム。今日の夜はやっぱり行くの?」
 

 指に前髪をくるくると巻き付け、そちらに注目しながらがぽつりと言った。訊ねるというよりも独り言のようだが、同じくの前髪を見つめていたグラハムは少し瞠目してから頷いた。
 

「当たり前だ。確固たる地位を築くまでは、ああいう社交の場にも顔を出した方が良い。」
 

 今晩、とある場所で晩餐会が催される。訓練生ながら、グラハムとも親の繋がりで招待を受けていた。ふたり揃って外出と外泊の許可は申請済みだ。決まり切った予定を改めて聞かれて、グラハムは瞠目したのだ。
 その口ぶりや、グラハムの答えを受けた後の渋面からして、どうやらは気乗りがしないらしい。人付き合いや社交辞令なども特に苦にしない彼にしては珍しい反応だ。グラハムが首を傾げると、前髪から指を離したがこちらを見た。顔には「困った」と書いてあった。
 

「俺、苦手なんだ…ほら、ダンスとか、ああいうの。」
「なんだって?」
 

 予想だにしない言葉に、グラハムが素っ頓狂な声を上げる。は困り顔を微かに赤くした。歩調を少し速めながら、もごもごと白状する。
 

「だから、苦手なんだって。ああいうところ行くと大抵誘われるだろ?でも、俺がやると、なんかこう……ご婦人の足を踏むのがオチだ。」
 

 あまりに意外だった。確かに、今までなぜかグラハムはと同じ社交の場に立つ機会がなかった。互いの家も親交があり、どちらも共通する知り合いに晩餐会に呼ばれる機会はこれまで何度か会ったにもかかわらず、顔を合わせたことはない。漸く、初めて一緒に行くことができると思ったら、こんな告白を受けるとは。
 運動神経は抜群だし、人当たりも良い。時々シャワールームから聞こえる鼻歌も、気になるほど酷いことはなかったはずだ。そんなが、まさか社交ダンスを不得手としていたなんて。
 もしかすると、はグラハムにこのことを知られたくなかったのかもしれない。相変わらずいつもよりもせっかちな歩調は、グラハムになかなか顔を覗き込ませてくれない。
 

、」
 

 覗き込もうとすれば、また速度が上がる。そんなちょっとした追いかけっこをしながら、いつもよりも速いペースで寮の部屋に辿り着く。先にドアを乱暴に開けて駆け込むようにが部屋に入る。後続だったグラハムは、後ろ手でドアを閉めて施錠も済ませてから大股でに近付いた。流石に部屋の中に入ってしまうと逃げ場はない。
 スポーツバッグを床に下ろしたは、近付いてきたグラハムに観念したように向き直った。未だ赤くなったままの顔を見下ろすと、心の奥がむずむずする。やがて沈黙に耐えかねたのか顔をそらそうとするの両頬に、グラハムは手を添えた。
 

「いいじゃないか。人間、不得手の一つや二つくらい持ち合わせているものだ。」
「…お前が言うと嫌味にしか聞こえない。」
「そんなことないだろう、心外だぞ。」
 

 自分では欠点だらけだと常々駄目出しばかりしているのだが、どうやら彼の目に写るグラハム・エーカーはまた違うらしい。軽くくちびるを尖らせながら、内心はの目に写る自分が果たしてどんなものなのか、興味が湧く。
 いつもは真っ直ぐすぎるくらいグラハムの目を見つめてくるが、全く視線を合わせようとしない。いつもと違う距離に戸惑っているのか、ダンスが下手だという告白が想定外で恥ずかしいのか、判断は付かないが見たことのないルームメイトの一面が見れて、グラハムはご満悦だった。
 社交ダンスくらい、踊れなかったところでの魅力は微塵も損なわれないというのに。むしろその方が、顔や地位だけで近付いてくる女性が出て来る確率が低くなって好都合だ。
 

「グラハム、いい加減手を―」
「ダンスが踊れないのが悔しいなら、私が夜までにみっちり教えて差し上げようか?」
 

 手首にかけられた白い手を、逆に掴み取った。驚くを尻目に、恭しくその手を目線まで掲げて、くちづけを落とす様に顔を近付ける。今度こそ首から額まで真っ赤に染まった彼の顔に、口の両端が自然とつり上がった。
 

「遠慮しなくて良い。しっかりリードしてあげよう。」
「…っ、ざけるなよ、グラハム。お前にリードしてもらったって、女性のパートしか覚えられないだろ!」
 

 あくまでグラハムの態度ではなくて、そちらの方に抗議してくるあたりがなんともらしくて好ましいと思った。そのまま手の甲に本当にキスしてしまいたい。今度こそ怒られてしまうだろうから、今日の所はここで寸止めしておかなければ。
 でも、
 

(いいじゃないか、君が覚えるのは女性のパートでも。)
 

 当然のように、グラハムは考える。そうしたら、の相手は何度でも、いつまでも、自分がつとめれば良いのだから。
 そう、ずっと。士官学校を卒業して、寮を出ることになっても。
 たまりかねたがグラハムの手を払い除け、少し乱暴に頭を叩く。無言で暴力に訴えてくるとは思わなかったグラハムは、思わず尻餅をついた。見上げれば、目尻に涙すら浮かぶの真っ赤な顔が自分を睨み付けている。あまりにおかしくて、グラハムは今度こそ腹を抱えて大きな笑い声を上げた。

 

 

 

 

(081207)
グラハム氏は生粋のドSです(ぇぇ)
書きたい話が全部入りきらなかったなあ…ちなみに、主人公はこの後ユニオンから出て行きます。
ファーストシーズンの10年くらい前のイメージで書いています。
士官学校があったのかとか、家柄が良いのかとかは全部捏造です!(言い切った)