後藤と並んでふたり、腕を組んで眉間にしわを刻む。唸り声を上げたのは、ほぼ同時だった。
「「うーん」」
目の前には、高く積み上げられた色とりどりのプレゼントの数々。それぞれ丁寧にラッピングされて、リボンがかけられている。それらは山ごとに、段ボール箱に入れられていた。段ボールには「王子」「赤崎」「村越」等々、選手達の名前が書かれているのだ。机の上に無造作に置かれているものには付箋が付けられていてやっぱり名前が書かれているし、段ボールとまでいかなくても名前の書かれた紙袋に入っているものもあった。
「毎年この時期になると思うけど、バレンタインの女の子のパワーってすごいよね…」
「ああ…」
そう、それらは、バレンタインに選手達へと贈られたファン達からのプレゼントなのだ。
バレンタインのプレゼントは手渡ししない、最終的に選手達に手元に届くかは保障できないし、手作りも受け付けない。
そうやっていつも時期が近付くたびに注意を促しても、毎年こうやってバレンタインのプレゼントが山積みになる。今年は特にチームが例年以上に活躍したこともあって、ジーノや赤崎、それに椿などへの贈り物が一段と多い。
贈られてくるプレゼントは(注意をしているにもかかわらず)手作りらしい物、市販のチョコレート、市販でも高級なチョコレート、マフラー、刺繍入りタオル、花束その他諸々。一挙事務所に集められれば、結構な威圧感を醸し出す。
「取り敢えず、手作りとそうじゃないモンから分けていくか…」
後藤が既に疲れ切った様子で呟くのに、も頷いた。毎年のこととはいえ、本当に骨の折れる作業だ。ふたりはのりのろと机に近付いて、手近なところから包みをひとつひとつ手に取る。
まず、手作りらしきものは一つ残らず除く。こればかりは、贈り主に申し訳ないが最初から禁止していることだ。悪意がなくても、万が一があってはならない。次に、食べ物とそうでない物を分けて、食べ物は賞味期限を調べながらまたさらに分けていく。生花などは次に選手達が集まる日にちが遠いこともあって、一箇所に集めてしまうことにした。有里に頼めば、きっといい具合に小分けにしていろんな所に生けてくれるだろう。ちなみに、それらに付けられたメッセージカードについては、ちゃんと一箇所に集めてまとめて選手達に手渡すことになっている。
手順にしてみると簡単だが、数がひどい。特にジーノの物など、ひとり分なのに1時間くらいかかるのではないかという量だ。
「あ、これ、達兄にだよ。すごいね、1年目でしかも監督なのに。」
「あいつ、選手時代からすごかったからな。」
「じゃあ恒兄にもあんじゃないの?達兄よりもずっとここに居んだしさ。」
今日はふたりだけしかいないこともあって、の後藤と達海に対する呼び方が素に戻ってしまっている。後藤もどちらかと言えば「後藤さん」と呼ばれるよりも「恒兄」と呼ばれる方がしっくりくるし、何より好ましいので敢えて何も言わない。
そんな可愛い弟分からの質問には曖昧に首を傾げていなしながら、後藤も手を動かす。確かに時々机に飛び出している個別の包みには「達海監督」とか「後藤GM」とか、選手以外への贈り物も見つけられる。付箋の目を凝らしてどうにか読めるレベルの走り書きは、きっと有里が広報の他の仕事に苛々を募らせながら書いたものだろう。
「そういえば、お前には無いのか?。」
ふと、後藤が気になって可愛い弟分に問いかければ、赤崎へのプレゼントを選り分けていたが顔を上げた。口をへの字に曲げて、眉は逆ハの字。そんな、難しい顔になる。
「えー、無いよ。俺、表にあんま出ないし、元選手とかでもないし。」
「そうなのか?ほら、練習を見に来てた頃はこの時期になるとぱんぱんになった紙袋持って来てたじゃないか。」
「あのさあ、恒兄。それって高校の頃の話でしょ?」
昔を知られていると質が悪い。あまりに昔の話を持ち出されて「いやいやお前はあの頃から女の子受けが良くて…」なんて語り始められると非常に困る。今の後藤は、酔っ払った親戚のおっちゃんの様だ。まだ昼間で、素面で、40(ギリギリ)前だと言うのに。
確かには昔もてていた時期もあった。今思えば、あれが人生に一度はあるというモテ期の絶頂だった。高校を出て、大学を出て、家の手伝いをしながらETUの仕事をするようになってからは、そもそも新しい出会いともご無沙汰だ。高校・大学時代の友人や、頬を染めてチョコレートを渡してくれた女の子達がどんどん結婚していく中、むしろ今のは少し出遅れてさえいる。
こんな男ばかりの職場では、当然バレンタインなんてイベントとは縁がない。いや、選手達のプレゼントの管理という形での関わりはあるけれど、こんな不本意な関わり方はできればしたくない。
「俺にチョコレートくれるのなんて、母さんの他は有里ちゃんくらいだよ。」
ふう、と溜息混じりに吐き出した言葉に、なぜか後藤が大きく動揺した。手にしていた箱がカツン、と角からリノリウムの床に転落する。高級ブランドの包装紙に、は慌ててしゃがんで箱を拾う。どうやら村越宛らしい箱の埃をはたくものの、角が少しひしゃげてしまっていた。
文句の一つでも言わなければと、がしゃがんだ体勢で後藤を見上げる。しかし、後藤はまだ目を丸くしたまま固まってしまっていた。
「ゆ、有里ちゃんが、くれるのか?チョコを?」
「え?あ、ああ。恒兄、自分が貰えないからってショック受けてるの?」
「そうじゃなくて…!」
「大丈夫だよ。有里ちゃんがチョコくれるのって、家族の他に貰える見込みが無い人だけだからさ。」
これだけのチョコや贈り物を目の前に、何も貰えない人が可哀想になるのだと有里は言う。そして、自分達にバレンタインになると「義理だから」と何度も何度も念を押してきて、コンビニで買った500円以下のチョコを渡してくれる。
どうして値段までわかるのかと言えば、余程義理だということを強調したいのか、値段が付いている状態でコンビニのビニール袋に入れて渡してくれるのだ。それでも、貰えないよりは貰えた方が嬉しい。有里の分かり難いが、みんなにたいする優しさも感じられるのだ。無論、「いい加減私以外からもらいなさいよ」という無言の圧力も感じないでもない。
後藤は毎年誰かしらからプレゼントをもらうから、有里からのチョコレートの存在を知らなかったというわけだ。説明を聞いて、後藤は納得したのか強張った顔を元に戻した。そして、また作業に戻る。
何をそんなに驚いたのだろうとも不思議に思いつつ、作業を再開した。 |