Xocolatl 3

 

 ジーノが去ってから、どうにか平常心を取り戻したふたりは作業を続けていた。地道に続けた甲斐があってか、王子へのプレゼントの山は漸く捌くことができた。次に多いのは、村越や最近人気の出て来た赤崎、椿辺りである。特に、赤崎と椿に関しては、若い女の子だろうと思える包みが多い。ピンク色だったり、ハートが所狭しと描かれた包装紙がラッピングされた箱を、淡々と持っては振り分けていく。
 ちなみに、がジーノから受け取った(一方的に渡されたとも言う)薔薇は、取り敢えず包みをとって水を入れたコップの中に挿した。ジーノに指摘されたとおり、は少し強く握りすぎたし、折角の薔薇が早くしおれてしまうのは勿体ないと思った。だからと言って、一度家に帰るのも手間だ。今は作業の邪魔にならないように、別の机の上に無造作に置かれている。
 と、コンコンと窓を叩く音がして、と後藤は同時に振り返った。外に面した窓に、帽子を被ってダウンを着込んだ世良が立っている。満面の笑みを見るに、窓を叩いたのは彼で間違いなさそうだ。立ち上がろうとする後藤を制して、が立ち上がって窓際まで歩いた。
 

「どうしたの。」
「へへっ!さーん!俺俺!」
「見りゃわかるよ。」
 

 窓を開けてやれば、世良が今にも飛び込んできそうな勢いで跳ねる。彼が喋ったり跳ねたりする度に、白い息がぽんぽんと弾んだ。
 本来用事がないはずの選手の来訪に、は呆れ顔になる。どうしても先のジーノのイメージが強すぎるのだ。ああやって何人もふらりと現れては作業を思い切り分断され、かきまわされたのではたまらない。
 しかし呆れ顔のにも何のその、世良は窓枠に手をついて、ぐっと身を乗り出して部屋の中を見る。後藤に手を振って挨拶すると、その視線はチョコの山に釘付けになった。
 

「うっわー!スゲー!!チョコって毎年あんなに来てたんスね!」
「チョコだけじゃないけどなー。」
 

 選手の手に渡るのは、選別された後のメッセージカードやら何やらで、全体のほんの一部に過ぎない。毎年選手の目に触れるところで選り分けたりしないから、世良にしてみれば初めて見たのも同然だ。確かに、あのプレゼントの山は初めて見るとかなりの迫力である。
 

「俺にも、ちゃんとたくさん来てました?」
「ん?まあ、ジーノや村越さん程じゃないけどね。ちゃんとたくさん来てるよ。」
「あー、あのふたりには、負けますって!ゼッタイ!」
 

 世良にとっては全体での順位ではなく、あくまで自分に対して贈り物が来ているかというところがポイントだったようでの返答に満足そうな顔になる。
 もっとも、比べる対象がジーノや村越だから分が悪いだけで、世良だって一般的なレベルでいったらもらいすぎの部類に入るだろう。世の中、誰かから特別な(もしくは誰からでも良いからとにかく)ひとつで良いからバレンタインにチョコレートをもらいたいと思っている人間だってたくさんいるのだから。やはり、スタメンに定着し始めたサッカー選手は女の子たちからの注目の度合いも半端ではない。
 

「しっかし、世良にしても、練習無い時のサッカー選手ってそんなに暇なのかね。」
 

 そこまで考えて、やっぱりさっきのジーノの姿がの脳裏に浮かんだ。確かに、今目の前にいる世良は、先程の彼と違って無邪気で微笑ましい。しかし、折角練習が休みなのに好きこのんで練習に来るときと同じ道をやってくるというのがには不思議でならないのだ。そうまでしないと、ジーノにしても世良にしても、暇を潰せないのか。
 の呟きをしっかりと拾い上げて、世良は首を傾げた。普段の世良らしくないことに、随分と言い回しの細かい場所にこだわる。
 

「も?も、って、何なんスか?」
「うんー?ついさっきまでジーノが来てたから。」
 

 隠すほどのことではないので、はあっさりと白状した。すると、世良がくちびるをにゅっと突き出す。ジーノの来訪は、どうやら彼の機嫌を損ねるようなものだったらしい。隠した方が良かったのかも知れない、と世良の拗ねた顔を眺めながらがぼんやり思う。怒り出したりしないから、真剣な事情では無さそうだ。
 

「ちぇー、王子には先越されちゃったか…。」
 

 そんなことを呟きながら、世良は肩から掛けていた鞄の中をごそごそと探し始めた。それまで彼がやっていたように窓枠に手を掛けて、は世良を覗き込むとその様子を眺める。完全防備の世良と違って、室内でワイシャツ一枚の身になっていたから少しだけ寒さが染みる。
 やがて目当ての物が見つかったのか、世良はぱっとこちらを向いた。一瞬の出来事に顔をぶつけそうになったが反射的に身体を反らすと、そこにできたスペースに、ここぞとばかりに世良が何かを差し出してくる。
 

「これ!さんにあげちゃう!!」
 

 受け取って眺めれば、よく達海なんかが食べている「リーグジャパンチップス」だ。確か少し前までは世良もよくこれを食べていたのを見かけたが、そういえば最近はあまり見なくなった。
 あげると言われたって、そんなに珍しい物ではない。たまにも食べるが、食べようと思えば直ぐに買うことができるし、正直今これを食べたいとはあまり思ってなかった。
 

「なんで?」
「今日ならきっと俺のカードが出てくる気がするんスよね!」
 

 世良に問いかけつつ、袋をしげしげと眺める。特別パッケージなどと言うことは全くなく、何の変哲もないリーグジャパンチップス。そして、眺めつつは重大な事に気がついた。
 

「いや、っていうか、世良!これ口開いてるじゃんか!!」
 

 そう、リーグジャパンチップスは、未開封所か堂々と封が切られていた。開けた場所を、雑にセロハンテープでくっつけてあるだけだったのだ。例えがこれが食べたくて食べたくて仕方なくて世良にせがんだのだとしても、開封済みのものをくれるのは幾ら何でも失礼ではないか。
 だが、世良はが指摘しても悪戯がばれた小学生のような顔をして、挙げ句あははと笑ってみせるだけだ。しかも、ぱっとバックステップで窓際から離れてしまう。世良を捕まえようとが伸ばしかけた腕は、虚しく宙をきる。
 

「じゃ、俺、これで!さんお仕事頑張って!!」
「おい世良!!」
 

 声を上げるも、世良は一目散に駆けていってしまった。流石サッカー選手というか、若いというか、その後ろ姿はあっという間に小さくなって、角を曲がったところで見えなくなってしまう。そういえば、訳は分からないけれど確実に巻き込まれた嵐が去っていくようなこの感覚は、ついさっきも味わった。
 

「ったくもー…あ、恒兄、これ食べる?食いさしみたいだけど。」
 

 窓を閉めながら開封済みのチップスを睨み付けていたは、ふと、こちらを見ている後藤に気付いて声をかけた。もらった傍から捨てるというのは流石に酷い気がしたし、袋を見ていれば小腹が空いてきたような気もする。
 くれた意図は未だに不明だが、世良だったら悪質な悪戯を仕掛けている、という可能性も低いだろう。誰かと共謀していたり、はたまた罰ゲームでもさせられているなら話は別だが、先程の様子から見てもそれは無い。世良は、そういうことが直ぐに貌に出る。
 に苦笑を返しながら、後藤は作業していた机から離れてこちらを向き直った。
 

「はは。それじゃあ、ちょっと休憩しようか。」
「じゃあ俺、お茶煎れてくるよ。先、食べてて。」
 

 袋を後藤に渡すと、は給湯室へ向かうために廊下へと出る。そういえば、プレゼントの仕分けを始めてから初めて部屋の外へ出た。つかの間の開放感を味わうように、は空気をめいっぱい吸い込んで背伸びをする。

 

 

 

 

(090215)
セリー、ふと思いついて出してみたらえらい長くなってしまった…。