Xocolatl 4

 

 お茶をプラスチックのコップに淹れてが帰ってくると、リーグジャパンチップスの袋を片手に後藤が腕組みをしていた。近付けば、彼の目の前、机の上にチップスの中に入っていたと思われるカードが置かれていた。
 この製品は本体の袋の裏にもうひとつ小さな袋が貼り付いている。そこには、2枚組の選手のブロマイドカードが同封されているのだ。もちろん、ETUの選手のカードが入っている場合もある。どうやら、後藤は、このチップスを食べるときの目的のひとつである、ブロマイドカードの袋を開けたのだろう。
 せっかくもらったのだ。誰のカードが入っているのかも興味があったから、お茶を淹れたコップを傍らに置いてから後藤の背からカードを覗き込む。どうせなら、ETUの選手のカードが入っていたら嬉しい。
 

「開けたんだ。誰入ってたの?」
「あ、いや。開けたというか開いていたというか…」
「は?」
 

 戸惑うような後藤の声にカードの袋を見てみれば、チップスの入った袋同様一旦開けてセロテープで閉じた跡があった。眉間にしわを刻んだが、後藤越しに手を伸ばして机の上に置かれたカードを取り上げる。
 手元に引き寄せてみれば、一枚は他でもない世良のカードだった。しかも丁寧にサイン入りで、「さんへ!」とでかでかと描かれている。今にも写真の中の世良の顔を覆い隠さんばかりのサインのでかさ。これではブロマイドカードというよりもただのサインである。ブロマイドにサインするのだから、もう少しスペースとかそういうものを考慮したらいいのに。
 

「…何が「俺のカードが入ってる気がする」だよ。確信犯じゃんか。」
 

 食べようと袋を開けて、そう言えば先にブロマイドをとそっちの袋も開けたら自分が入っていたのだろうか。それにサインをして、わざわざの所に持ってきたのかも知れない。
 呆れればいいのか、喜べばいいのか、は複雑な表情で嘆息して世良のサイン入りブロマイドカードをワイシャツの胸ポケットに入れた。すろと、隣で後藤もに負けじと劣らず複雑な表情をしていることに気がついた。確かに、開けた跡のある袋の中から、宛のサイン入りブロマイドカードが出て来たら複雑な気持ちになるのも分かる。だって、袋の中から後藤宛の誰かのサイン入りブロマイドカードが出て来たら驚くと同時にどうすればいいんだ、と思うだろう。
 ここは、この場にいない世良に代わって自分がしっかりフォローを入れなければ。世良が自分にサイン入りのカードをくれた意図は掴めぬまま、しかし後藤の気を何とか紛らわせてあげたくては彼を覗き込んだ。ちょっと白々しい気もするが、笑みを浮かべて見せる。
 

「まあまあ、恒兄、ワケは分かんないけどさ!作業の続き、しちゃおうよ。」
「…、」
「終わらせないと帰れないし……うん?何?」
 

 気付けば後藤の肩を叩いたはずが、自身が彼に肩を(しかも両方)掴まれていて、言い聞かせようとしたはずが、なぜか今からお事々言われるような顔をされている。
 

「お前、大丈夫なのか?」
「なに、が。」
、あのな、お前はちょっと客観的に物事を見すぎるんだよ昔から。少しは巻き込まれていることに気付きなさい。いや、きっとお前のことだから最初っから念頭に置いてないんだろうけど…」
 

 つらつらと語り始めた後藤は、に言い聞かせているようで、その実半分くらい自分の世界に入り込んでしまっているようにも見えた。顔は非常に真剣で、こちらのことを思ってくれていることはよくわかる。だが、何の話をしているのかがにはさっぱり理解できなかった。
 巻き込まれるって、一体何に。
 もしかすると、立て続けの嵐の来訪と、まだ終わりの見えない仕事の所為で後藤はおかしくなってしまったのだろうか。そうでなくても今回の仕事はあまりGMとは関係ない。普段から彼はむしろ働きすぎているくらいだし、疲れが溜まり溜まって一定値を超えてしまったのかも。
 

「ちょ、恒兄こそ平気!?疲れてるならちょっと休んでてよ、俺ひとりでも何とか頑張れるし…」
「そうじゃなくて!」
 

 医療室に行けばベッドもあるし、少しくらい休むのに問題ないだろう。がそう思って提案したのに、後藤は必死の形相で首を左右に振る。
 どう言えば、後藤を安心させて落ち着かせることができるのか。両肩を掴まれ、時々揺さぶられながらは頭を目まぐるしく働かせる。後藤が言っていることを自分が理解できれば、一番落ち着かせる早道になるのだろうが、それはどうも難しそうだ。疲れすぎて思考が飛んでしまったいうわけでも無いようだし、休息を提案してもこの様だ。
 クラブハウスのどこかに居るだろう、達海を携帯で呼び出してふたりがかりで後藤を落ち着かせるべきかも知れない。手詰まりのがついにそこまで思考を巡らせたときだ。
 

さん!」
 

 張り詰めていた空気を吹っ飛ばすような扉の開く音と一緒に、の名前を呼ぶ声。思わず後藤とふたり揃って入り口の方を見た。
 

「あ、かさき…?」
「…っス。」
 

 そこに息を切らせて立っていたのは赤崎で、はこの時確かにふっと嫌な予感が頭を過ぎった。気がした。知らない内に顔が引きつる。
 しかし、そんなの変化には気付かぬまま、部屋の中に入ってきた赤崎はふたりに近付いてきた。ふたりに、と言ってもそれはと後藤が近くにいたからだ。その視線はどちらかと言えばの方に固定されていて、プレゼントの山には目もくれない。直ぐ近くまで来た彼は、着ていたコートのポケットの中におもむろに手を入れる。
 

「あ、の。その、俺さんに渡したい物があって…」
 

 そのポケットから何かを取り出しながら緊張気味に赤崎が言いかけた途端、は肩に走った痛みに目を丸くした。後藤が両肩を掴んでいた腕に力を込めたらしい。
 痛さを訴える前にあっさりと肩は解放され、が見送る先で肩から離れた手はむんずと赤崎の腕を掴む。の視線の先、後藤は笑顔を浮かべていた。ただ、額に血管が浮いていたり、口の端が引きつったりしているが。
 どうやらに箱を差し出そうとしていたらしい赤崎も、に負けじと劣らず驚いていた。掴まれた腕を動かそうとするが、なかなか自由にならないようだ。流石、後藤も元プロのサッカー選手である。普段ほぼ見ることのない種類のGMの表情にも、多少なり怯んでいるらしい。
 

「後藤さん、あの、腕…」
「赤崎、お前もか。お前もなんだな?」
「!!」
、暫くひとりで作業を進めておいてくれるか。俺は赤崎に少し話がある。」
 

 そういうなり、後藤は有無を言わさぬ迫力をもって、赤崎をひっぱって外へ出て行った。
 返事をする間もなく、はただ扉が閉まるのを見送るしかない。赤崎は大丈夫だろうか、とか、後藤は彼に何を言うつもりなんだろう、とか、いろいろと気になるのは確かだ。だが、確かめに行く気にはなれなかった。
 

「…作業、しよっかな。帰れなくなるのも困るし。」
 

 少しの間閉まった扉を眺めていたは、やがて自分に言い聞かせるように呟いて、プレゼントの山に向かった。視界の端で、エアコンから送られる風に吹かれて、ジーノのくれた薔薇が頷くように揺れた。

 

 

 さて。この日、ETU内でのバレンタインの贈り物について、決まり事がひとつ増えた。こっそりと増えたそれは、大多数の人間には関係ないしその存在すら知られないだろうが、ある一部の人間に対しては確実な抑止力となったのは間違いない。
 ひとつ、手作りのものは厳禁。ひとつ、選手への直接の手渡しは避け、窓口であるETUの事務所に送ること。

 ひとつ、へのプレゼントは本人への手渡しは避け、窓口であるGM・後藤恒生へ預けること。

 

 

 

 

(090216)
題名の「ショコラトル」がすごく関係ない感じの話に…(笑)
何だか勢い半分な感じで推し進めてしまいましたが、これでお終いです。
ザッキーがすごい可哀想ですが、私的にはこういうポジションが多くなる気がします、彼。