一番じょうずに甘やかすひと
その日は久々の休日で、はぶらりとあてもなく街に出ていた。普段ETUのスタッフ業をこなし、その合間に実家の生花店も手伝っている。普通の社会人とは違うが、それなりに忙しく充実した日々を送っているのだ。 「あ!さんだ!!さーん!こっち、こっち!!!」 紛れもなく自分を呼ぶ大きくて明るい声には聞き覚えがあって、は周りから浴びる目線を伏し目がちに受けながら歩調を速める。歩き着いた場所には、声と同じくらい明るく笑った世良がいた。 「うわ、スゲー偶然っスね!」 あまりに嬉しそうに笑うので、は首を傾げた。クラブハウスではよく顔を合わせているから、珍しいものでもない。かくいう昨日だって、朝昼夕と少なくとも3回は顔を合わせた。会う度に言葉や笑顔を交わしたのだ。それなのに、偶々街中で会っただけで、こんなに喜んでしかも「ラッキー」とは。 「あー、バカにしてるっしょ?さんたら。」 先程まで思っていたことをすんなり口に出せば、世良はくちびるはそのままで、「分かってないなあ」とこれ見よがしに溜息を織り交ぜながらこぼす。 「俺だって、こーやって会うのがさんじゃなかったらこんな喜んでないですって!」 (それは、堺さん聞いてたら怒られるんじゃないか?) 自分と会えたからとても喜んでくれている、と言うのはよく判ったけれど、例えが良くないと思う。ここはETUのホームタウンで、他の選手達が出歩いていてもおかしくない場所なのだ。世良曰く「げーって思うだけ」の堺だって、出会う確率は確かにある。普段何かとヘマをやってしまう世良に、は思わず心配になって辺りを見回してしまう。 「それで、世良は買い物?」 気持ちを切り替えて目の前の世良に問いかけると、なぜか言い淀む。 「め、メシに…」 どんどん小さくなっていく語尾に合わせて、世良の動きも急速に元気を無くしていく。それに反比例するように、の顔には呆れの色が広がっていった。 「世良、お前ね…今何時だと思ってるの。」 ちなみに、時計の針が示す只今の時間は午後2時過ぎ。昼食にしたって、時間はもう遅い。朝飯なのか昼飯なのか、よく見たら髪の毛に変な寝癖がついている世良に問うのは怖いからやめた。 「じゃあ今から定食屋さんでも行くの?」 こんな風に言われてしまったら、ジーノじゃないけどまるで世良が懐いてくれてる犬のように見えてしまう。は顰め面を解いて、世良の頭を撫でる。寝癖を直すようなそれに、世良が瞬いてこちらを見た。 「今から俺買い物して帰るから。」 髪の毛を撫でていた手で世良の腕を取って、が引っ張るようにして歩き始める。ぐん、と引っ張られるような感触はあるけれど、なんとか世良は足を動かしてついてきているようだ。 「さんっ!」 これで何も咎めず別れて世良にファーストフードでも食べに行かれたらたまらない。食べる時間は少し遅くなってしまうが、野菜をふんだんに使った手作り料理の方が栄養価的にまだましというものだ。 「俺、何でも持ちます!冷蔵庫とかでも大丈夫っス!!」 偶の休みだったのに、いつの間にかいつものようにETUの選手と話している。これからの時間は世良を世話して終わるんだろうな、と思ったらいつもの仕事とあまり代わり映えがしない気がする。は頭の中で考えて、それでもまあいいじゃないかと呟いた。 (こうやって一緒に歩いていると、まるで弟でも出来たみたいだし。) 差し迫った用事があるわけじゃないし、隣ではしゃいでいる世良を見ていると悪い気分にはなれない。欠点があると言えば、他の職場の仲間が見たら「甘やかしてる!」と言いそうなところだろうか。 |
(110503)
ほのぼの兄弟。
堺さんに原作で散々言われてるからここまで自己管理できてないことは無いと思いますけど(笑)
title:群青三メートル手前/彩日十題