友情<好奇心
まずい高級プロテインは本当に、しかも相当まずいらしい。
「だいじょ、ぶ…?」 普段あれだけ喋る田島が一言も発しない。それだけで、どれだけ不味いのか十二分に分かったような気がする。俺もあれだけは絶対手を出さないようにしよう。 「ジュース買ってきてやるよ、な?だからもちょっとガマンしろ。」 踞ったままの田島の背中を何度か撫でて、必死に頷いたのを確認してから立ち上がった。梓を見れば仕方ない、と言う顔をして肩を竦めている。 「あ」 みんなと話ながら適当に周りを見ていたから、思ったより自販機を見つけるのに時間がかかった。それなりにうろうろした先にやっと自販機を見つけて、俺は嬉しくなって駆け寄った。 「いっ…!」 駆け寄って、硬貨投入口に手をついた瞬間、思い切り堅いものに頭をぶつけた。頭を押さえて踞る。どうやら人の肩口に頭をぶつけたらしかった。俺は少し身長は低めだし、頭が下がりがちだったからモロに入ってしまったみたいだ。 「…ず、いませ…」 でも、俺がこれだけ痛いなら、相手だって不意打ちで痛かったはずだ。俺が頭で相手は肩口と言っても、骨張ったところに物が当たるのだって痛いだろう。 「だい、じょぶで…すか?」 目がつーんと痛くなる。ああ、この視界がぼやける原因は自分の涙か?立ち上がった拍子にふらついた俺は今度は自販機に身体をぶつけそうになった。 「…お前こそ大丈夫?」 それを防いでくれたのは、どうやらその謝った相手その人であるらしかった。肩をがっちりと支えられて、まだぼやける目で見上げれば、精悍な顔立ちの男が映る。俺は何度か頷いて当てていた手を離して貰うと一歩後ろへと下がる。 「大丈夫です…あ、あの、肩…」 もし三橋みたいにピッチャーとか肩が大切なポジションの人だったらどうしよう。慰謝料とか請求されてしまったらどうしよう。俺、そんなに金持ってない。 「全然平気。寧ろお前の方が痛そうだぜ?」 ズキズキ疼く頭に、唐突にその人が触れてきた。吃驚したのと、触られたのがダイレクトに痛い場所だったのとが相俟って、 「ふぎゃっ!」 猫が尻尾を踏まれたようなおかしな悲鳴を上げてしまった。しんと静まりかえって、人通りも少ないところだったから俺の悲鳴はすごく辺り一帯に響いた。 「悪い…でもこれ、少し腫れるかもな。そうだ、俺達の…」 彼の後方から、喋り掛けられているのとよく似た声が聞こえた。背の高い彼から、さらに向こうへと顔を向ければよく似た顔の人がもう一人走ってくる。俺がぶつかった方の人がその人を振り返って片手を上げた。 「誰?」 涼、と呼んだのは俺がぶつかった人の名前だろうか。ズキズキとした痛みを少し向こうへと追いやって、俺はまじまじとふたりを見上げる。 「お前、どこの学校?」 交互にふたりは話しかけてくる。よく似た声だから、ぼーっとしていると、どちらに話しかけられたのか段々と分からなくなっていくような気がする。 「あ、の!」 痛くはないけど恥ずかしいんです、とは言えず、俺は曖昧な返事をしてお茶を濁す。しかし彼は深く追求することなく、俺の頭からあっさり手を離してくれた。後から来た方の人が、俺と涼さんを交互に見やる。 「で、涼。手当てしてやるのか?」 本当にコイツ、痛そうだし。 「直ぐ近くで観戦してるからちょっと寄ってけ。」 話しかけてくれた涼さんを向いて答えれば、次に話しかけてくるのは葵さんの方。俺が名乗れば、今度はふたりが同時に頷いた。 「涼さん、で、葵さんですよね?」
名を呼ぶときにそれぞれの方を見て確認してみれば、ふたりは疎らに頷いた。聞き間違いもしてなかったし、ふたりの位置はまだ一度も入れ替わっていないから俺はあっさりとふたりの名前を間違わないで確認することができた。 「別に見分けつかなくても怒らねーから気軽にしとけばいいぜ?初対面だもんな。」 元から俺は、人の顔を覚えるのが嫌いではない。100パーセントかと言われると首を縦に振る勇気はないが、もうじっくり見てから判断すれば間違うこともないだろう。それにいくら双子で顔が似てて、間違われることになれていたって、やっぱり間違われない方が気分もいいに違いない。 「来いよ、こっち。」 そしてふたり揃って俺の腕を引っ張ると、春日部市立の人達が居るであろうスタンドの方へと歩き出した。引き摺られているようになって、慌てて足を動かし始めた俺は、ふと後ろを振り返った。 「どーした、痛いか?」 押し黙ったら涼さんに問いかけられた。気を悪くさせてはいけない、と咄嗟に答えたら、「そうか良かった」と彼は再び歩く方を見る。 (すまん、田島。許せ。) まぁ、きっと、武蔵野見るのに忙しいよな。田島には後でジュース2本買って詫び入れりゃどうにかなるよな。言い訳がましく考えて、最後に心の中でひっそりと田島に謝った。そして、両腕を引っ張られるままに春日部市立の野球部が居る方へと足を進めてく。 |
(050124→090208)
一部加筆、修正して再アップです。
これは単行本で双子が出て来て直ぐに書いたので…3巻の頃かな?
たった数ページの出番で書いてしまうなんて、どれだけフライングだ!とその時は思ったもんですが。
その頃は名字が分からなかった双子ですが、どうやら鈴木っていうらしいですね。えらい普通!(笑)