優曇華の花

 

 明日は部活が休みだから。と、昨日のは日付が変わるまでのんびり夜更かしして、ごろごろと布団の中で昼近くまで寝ていた。
 夢かなにか、まどろみから引き上げられる。そんなときにふと、傍に温もりを感じた。
 

(梓かな…)
 

 幼馴染みの彼ならば、いつの間にか部屋に入ってきていても不思議ではない。勝手知ったる人の家だ。勝手に入ってきて、勝手に部屋の中の物を持っていっても普通と言えるくらいなのだから。
 梓であればその坊主頭の一つや二つ撫でてやろうかと、は覚めきらない頭で布団の中で手を動かした。が、
 

(あれ?梓って今日練習じゃ…)
 

 野球部は冬だろうが休みだろうが練習が密にある。部活が、と言ってしまえばのバスケ部とて例外ではないが今日はこちらは休みの日だ。対する梓は、昨日の夜も参考書を借りに行ったときに、自分は明日も部活なのだと少し妬ましそうに言っていた。
 ならば、この温もりは一体誰だろう。
 は一人っ子でペットも飼っていない。この時間ならばきっと両親は買い物に出かけてしまったはずなのに。
 

「…だ、れ?」
「Bon dia!…もうおはようって時間じゃねーけどサ。」
「!!!!! り、利央っ!?」
 

 もそもそと布団から出したの視界いっぱいに広がったのは、全体的に色素の薄い顔。髪の毛も肌も、少し垂れ気味の瞳も全部色が薄い。日本人離れしている整ったその顔は、最近やっと見慣れてきたけれど、寝起きに見られる顔ではない。
 素っ頓狂な声を出したは飛び上がる様にして起きあがる。
 

「ど、して…!」
「遊びに来たんだよ…のお母さんが今から留守にするけど、って家に上げてくれた。」
 

 の母親の言葉の通り、家に上がって部屋までやって来た利央は、そのまま特にすることもなく部屋の主が目が覚めるまでずっと待っていたらしい。ベッドサイドに肘をかけて、寝顔を見つめたまま。
 

「お、起こしてくれたら良かったのに。」
 

 いつからかは定かではないが、ずっと寝てる様を見られていたかと思うとかなり恥ずかしい。が熱くなってきた顔を慌てて両手で押さえると、眠そうな目で訝しげに見られた。
 

「気持ちよさそーに寝てるの、邪魔する趣味ねーしオレ。」
 

 が起きればベッドサイドに未練はないらしい利央は、さっさとその場を離れてマガジンラックを漁っている。自分は買わない様なバスケの雑誌などを見るのが楽しいらしい。
 真っ赤にならずに済んだらしい顔からそろそろと手を離したは、利央の行動をぽかんと見送っている。そんなこちらに目線だけをくれて、利央は言った。
 

「着替えろよ、早く。」

 

 

 着替え終わった頃には利央はすっかり雑誌の方に夢中になっていて、の方など見向きもしない。これも半年程付き合えば分かってくる彼の性格なので、は諦めてリビングでココアを作ることにした。
 台所でお湯やら牛乳やらを用意してココアの粉末をとかしてから、普段は使わないお盆をなんとか棚から見つけてマグを2つ載せる。部屋に戻ってお盆ごとテーブルに置けば、何も言っていないのに雑誌から視線を離さない利央の手だけがマグカップへと伸びてきた。
 自分のココアを冷ましながらその姿を見つつ、は肩を落とす。昼過ぎまで寝ていたから睡眠時間は十分、疲れもそんなに残っていないはずだ。なのに、妙に疲労感がある。
 

(いつからだっけ。)
 

 桐青は夏大の一回戦で西浦と当たった学校だ。見かけたのはその前だった様な気もするし、夏大の会場でだったような気もする。何しろあの辺りはバスケ部である自分が何故か他校の野球部員と知り合う機会が多かった。学校にしたって様々で、どこで誰に会ったのか考えても直ぐに思い出せるものではない。
 取り敢えず、利央とはいつの間にか一緒に買い物に行っていて、遊んでいて、家に行き来していたのだ。顔立ちの所為か、親しみやすい性格の所為か、の母親と馴染んでしまうのも早かった。だからこそ、今日もこうやって家族不在で唯一のも熟睡中の家の中にあっさりと上がり込んで来れたのだろう。
 

(利央ってなあ…なんか、まあ、いいんだけど…大体一寸強引なんだよ。いっつもさ。)
 

 見た目はふわふわとしている利央なのに、その中身といえば結構感情の起伏が激しい。人種的にもクオーターくらいと本人が言うだけあって、時々日本人的な感覚では捉えきれない部分もある。要するに、いい様に振り回されているのが現状だ。
 


「ん?」
 

 と、考えに没頭していた意識を引き戻す利央の声。雑誌を閉じて律儀にマガジンラックに戻した彼が、いつの間にか向かい合う様にテーブルに片肘をついている。丁度、ベッドで寝ていた自分を見ていた時の体勢だ。
 ココアはいつの間に飲み干したのか、空っぽになったマグだけがテーブルに載っていた。といえば、まだ半分も減っていない。
 あまりにじっと見つめてくるのでが首を傾げれば、利央は黙って壁に掛かったカレンダーを指さした。何の変哲もない、部活などの予定が書き込まれた用の壁掛けカレンダーだ。ちゃんと毎月捲っているから、もちろん今は2月の一ヶ月分の日にちが記されている。
 珍しくもないカレンダーが、一体何だというのだ。は首を傾げたままカレンダーから利央へと視線を移した。分からない、と視線に込めてみると、伝わったのか利央は口を開く。
 

「明日は何の日?」
「明日?」
 

 突然の利央の質問に、内心何事だとビクビクしながらもは慎重に考える。彼の望んでいない様な答えを返せば問答無用で手刀が飛んできそうな気がしたからだ。手加減せずに振り下ろしてくるから、としては避けたかった。
 彼は別に本気でやっているわけでも、が憎いわけでもない。コミュニケーションの一種のようなつもりなのだろうが、いかせん、痛い。
 

(今日は…13日?)
 

 カレンダーで次の日の日付を見てみる、14日。綺麗さっぱり何も書かれていない。どうやら部活も休みの様だ。
 

「…あー」
 

 そこまで考えて、少々遅かったがはやっと合点がいった。依然、カレンダーを指さしたままだった利央に向かって答えを述べる。
 

「バレンタインだ。」
「遅ェよ。」
「うん、忘れてた。」
 

 利央の眉間にしわが出来たが、これくらいは日常茶飯事なので気にしない。手刀が落ちてこなかっただけ良しとしよう。
 それに、にとってバレンタインデーはそこまで重要な日ではない。別に意中の女の子が居るわけじゃない。物心ついた時からそれなりの義理チョコと、両親知り合いからのチョコを貰うだけだ。
 この日を利央にクイズで出される方がよっぽど意外だったのだ。一体バレンタインが自分と利央にどう関係するというのか。
 

「…は何にも言うことねーの?」
「? 何がさ?」
 

 そういえば、利央はこんなに整った顔で、しかも雰囲気も独特だからさぞかし女の子にモテるんだろうな、と思う。自分と利央には関係しないが、それぞれの日常には多少なり関係する日なのかも知れない。と利央では、チョコの数を比べてもこちらが悲しくなるくらいだろうけど。
 と、少しの間考えてみたが、やはり利央に言うべき言葉は見当たらない。瞬きをしたに、利央が目を据わらせる。ヤバイかな、と咄嗟に身構えるが、利央は考え込んでいる様だ。ココアをすすりながら待っていると、その目が少し和らいだ。
 

「そっか。日本はちょっと習慣が違うんだった。」
「どういうこと?キリスト教だと違うの?」
「…オマエさァ…いっつもキリスト教に偏見持ちすぎだっつーの。」
 

 の家は普通の日本家庭らしくベースは仏教を信仰しており、イベントによっては神道とか時々キリスト教なんかも取り入れられる。
 ミッション系の学校に通っていて、時々自身の身につけているクロスに懺悔している利央はにとってそれだけで特別なのだ。思わず何かにつけてこういう発言をしては、嫌がられると言うよりも飽きられてしまう。
 利央は今日も少しだけ溜息をついて、そしてコートのポケットから紙袋を取り出した。何の飾り気もないそれをに向かって放り投げる。
 

「わわっ…」
 

 いきなり放られたそれを何とか両手でキャッチして、は利央を見た。顎をしゃくる彼は袋を開けてみろと言っているらしい。大人しく袋を開けて逆さにして中身を取り出せばクロスのペンダントが出てきた。
 利央が持っているものよりもデザイン性の強い物だ。小さく音を立て掌の上での体温を吸い上げていく冷たいそれと、目の前の人を無言で見比べる。
 利央は暫く黙ってその視線を受け止めていたが、やがて頭をガシガシと掻き回した。彼のふわふわの髪の毛が乱暴に掻き回されてぐちゃぐちゃになる。
 

「女が男にチョコレートあげるなんて日本だけなんだよ…他の国は好きな人に贈り物する日だ。」
「…好きな、」
「良いから持ってろ!んで肌身離さずつけとけ!!」
「あ、ありがと…」
 

 恐らく照れ隠しであろう、顔の赤い利央の剣幕に押されはたどたどしく頷いた。こっちだって、意味を頭で理解すればするほど恥ずかしさが込み上げてくる。
 いつの間にか仲良くなったけれど、こういう気持ちを改めて自覚したり口にしたりするのは初めてだったからだ。きっと友情という枠よりははみ出している気がする「好き」は、の中にすとんと収まった。
 恥ずかしさにいろんなところがむず痒いような気持ちで、改めて手の中のクロスを見る。質素過ぎもせず、豪華過ぎもしない身につけやすそうなデザインだ。利央が選んでくれたのだろうか。
 

(俺のために?)
 

「……何だよその顔、だらしねーなァ…」
「だって嬉し…ありがとう、利央。」
「もー聞いた。」
 

 もう一度利央を見れば、彼にしては珍しく優しい微笑を浮かべていた。珍しい彼の笑顔に、はますます嬉しさとむず痒い思いに顔をはにかませる。

 

 

 

 

(050221→090208)
前サイトのバレンタイン企画で書いたおおふり夢その1。
利央可愛くて好きなんですよー!この頃はまだ身長があんな高いとは知りませんでしたが(笑)
こっちも恥ずかしいくらいにラブラブになった話。