考えもしない

 

「涼さん、葵さん!」
「「」」
 

 家にほど近い駅の前で並んで待っていた双子は、降り立ったにほぼ同時に手を振った。ひょんな事から接点が出来たと双子は、学校も学年も部活すら違うが何かと仲が良い。
 

「すいません、迎えに来て貰って。」
「いいよ、いきなり雨降ってきたし。」
「濡れるだろ?」
 

 電車に乗っている間に降り出した雨は、段々と激しさを増している。が窓から外を眺めながらどうしたものかと困っていたら、葵から「傘を持って迎えに行く」とメールが入った。降りる駅から三駅前のことだ。
 一駅前には今度は涼から「今着いた」とメールが入る。駅に着いたらコンビニに走ってビニール傘でも、と考えていたにはとてもありがたいことだった。
 

「んじゃ行こーぜ…葵、カサは?」
「え?涼が持ってんだろ?」
 

 しかし、がこれまでの経緯を思い出しながら感謝の気持ちに浸っていたところで、そんな声が聞こえ始めた。そんな言い合いをする彼等の手には、自分が差す傘しか持たれていない。事情を察したは何も言わずに苦笑した。
 顔を見合わせていた二人が、同時にを見る。申し訳なさそうな顔、とかではなく、両方が両方とも憮然とした面持ちだった。なぜか心持ち、胸を張って言う。
 

「「の分忘れた。」」
「はい」
 

 それから双子の家までは涼の傘に入れて貰ってやって来た。
 実は、どちらの傘に入るかで水面下の攻防があったのだが、その辺は帰りの電車を調べに行っていたは知らない。
 帰りも雨が降っていたら今度は葵の傘に入るのだと、歩いている途中にやけに強い調子で言い含められた。濡れずに済むならばが拒否する理由はないので大人しく頷いておいた。
 

「そうだ、おみやげ。」
 

 部屋に通されたは思い出したようにそう言って、座る前に鞄の中に手を突っ込んで探し始めた。先に座ったふたりは、そんなの行動をぼんやりと見上げている。
 やがて目当ての物を見つけたらしいが、腰を下ろしながら、手にした物をテーブルの上に落とす。それは、テーブル越しに覗き込んでくる双子の前でバラバラと散らばった。葵の目がまん丸くなる。
 

「チロルチョコ」
「コンビニで買ってきたんですよ、俺、甘いの好きだから。」
 

 涼の言葉に、がにっこりと笑って答えた。おみやげに相手の好きな物を選ばずに自分の好きな物を選ぶ辺りがらしい。
 ふーん、と葵は色とりどりのそれらからひとつつまみ上げ、包装を解いて口の中へ放り込んだ。甘いものは嫌いではないらしい。涼もそれに倣い、二人が食べたのを見届けてからも自分が食べるチョコを選び始める。
 暫く三人無言で口を動かしていると、次のひとつに手を伸ばし掛けた葵が唐突に口を開いた。
 

「あ、そっか。バレンタインだ。」
 

 当然、視線は全て葵へと集中する。特には瞬きをして折角選んだチョコを落としてしまっていた。葵は目聡くそれを拾い上げ、さっさと自分の口へと運んでいく。
 

「あー…あー、そっか。」
「そうだろ?」
 

 次に理解したのはやはり双子というか、涼だった。何度も何度も頷いて、次のチョコを選んでは口に放る。
 全く分からないのはだ。首を傾げ、何度も葵の言葉を頭の中で繰り返す。
 

(バレンタイン?バレンタインって、あの、先週の、アレ?)
 

 の記憶が確かならば、それは先週の頭に過ぎ去ってしまったイベントだ。
 バスケ部に所属しているは先輩が大量に貰うのを傍目に見ていたし、自分も少なからず女の子達から頂いて、マネージャーもくれた。クラスでは野球部の友人達も貰っていて、数がどうのと大騒ぎになった。家に帰れば母親からも貰ったし、ついでに幼馴染みの家の母親や、その双子の妹たちからも貰った。
 目の前にいる双子は野球部で、ルックスも良い。きっとがそうやって過ごした同じ日に、以上にチョコまみれになって帰ってきたのだろう。
 そうやって、思い出そうと思えば思い出せるし、涼と葵の事情も想像するに難くないけれど、すっかり終わってしまったイベントなのである。チロルチョコを買うのに立ち寄ったコンビニだって、店頭に構えていた特集コーナーはあっさりと態を潜めてしまっていた。
 

「チョコ欲しいって言ったじゃん、俺ら。」
「へ?言いましたっけ?」
「言ったじゃん。」
 

 訳が判らない、と言う顔をしていたのか、涼がくちびるを尖らせた。葵もまったくだ、と頷いている。しかし、ふたりに言われてもなお、分からないは更に頭を回す。そういえば、
 

『今度家に来る時はチョコレート持って来いよ。』
『あ、それ良い。』
『はぁ…じゃあ覚えていたら持ってきます。』
 

 こんなやり取りを先々週辺りにした様な、しなかった様な。
 が思い当たってやっと我に返れば、テーブルの上に散らかしたチョコレートは既に半分になっていた。慌てて自分の分を確保して、それでも腑に落ちず首を捻る。
 ふたりを見つめて、眉を寄せれば、不思議そうな表情をされてしまう。不思議な顔をしたいのはこっちだ、と思いながらもは口を開く。
 

「あれってそう言う意味だったんですか?」
「そーに決まってんじゃん。」
「えー…」
「えーって何だよ、まさかこれ違うの?」
「違いますよ。」
 

 だって、バレンタインなんて既に頭には残っていなかったし、正直言えば先日の二人の台詞もすっかり忘れていた。チロルチョコレートをが選んだのは、完璧に自分の嗜好からだ。ふたりが言い出さなければ、もうずっと、それこそホワイトデー間近にでもならなければ思い出すこともなかっただろう。
 大体、女の子が男の子にチョコを渡すイベントであるバレンタインを、自分と双子に当て嵌めろと言うのに無理がある。
 

ってニブそーだもんなァ。」
「そんな感じ。」
「いや、そーじゃなくって。」
 

 の表情を見た涼と葵は、チョコレートをしっかり食べながらも呆れたように言い合う。が口を挟もうとするが、ふたりはこちらの言い分など全く聞いちゃいない。
 そうしている間にも、チョコレートは段々とその絶対数が減っていく。自分が好きで持ってきたのに、は全体の3分の1も食べられていない。何だか理不尽な気分になってきた。
 

「ま、いっか。結果オーライだし。」
「そーそー、貰えたんだし。」
 

 だが、ふたりはどうしてか満足そうで、すっかり納得してしまっている。余程からチョコレートを貰いたかったらしい。暫くふたりの言動を見ているだけだったは、ふと、思い当たった様子で口を開いた。
 

「バレンタインのチョコレートがどうのって言うのはこの際置いておくとして…」
「どうした。」
「…何で俺が「あげる方」なんですか。」
 

 そもそも男が男にチョコを渡すイベントではないのだし、どちらが渡すのかなんて決まっていないはずだ。だったら、涼と葵が自分にチョコレートをくれたって良い訳で。チョコレートが好きなとしては、二人がくれても全然構わない。
 名案だと思ったのに、ふたりはに言われ初めて気が付いたとでも言わんばかりに目を瞠った。予め示し合わせていたわけではないのに、同時に同じ顔をする。
 といえばすっかり怪訝な顔で、そんなこちらを見ながらふたりは口々に言った。
 

「ンな事考えもしなかったよなァ、葵。」
「おう…に貰って当然だと思ってた。」
 

(…何で俺が二人にあげるのが当然なんだろう…)
 

 さも当たり前だと言わんばかりの二人には何を言っても無駄なのかも知れない。でも、それでも。やっぱり納得しろと言われてすんなり納得できる問題ではない気がする。
 気付けばチョコレートは自分で確保した分以外は全て無くなっていて、ふたりの傍らに積み上げられた包み紙だけが残っていた。それでもまだ、ふたりの視線はちらちらとのチョコレートに向いている。あれだけ食べたのに、まだ足りないらしい。
 ホワイトデーには三倍でお返しをやるとあやすようにふたりに言われても、やっぱり釈然としないだった。

 

 

 

 

(050221→090208)
前サイトのバレンタイン企画で書いたおおふり夢その2。
懲りないで双子でした。捏造にもほどがある!けど、楽しいからいいの(笑)