入道雲を見ると夏だなあ、なんて思う。
 まあ、別に、この暑さでじゅうぶん夏だって分かるんだけどさ。やっぱり、気分も大切だし。

 

 

君とシャツと入道雲

 

 

 

 休憩中、体育館の外に出てみたら、それはそれは見事な入道雲が見えた。体育館から外に続く扉の前、階段に腰掛けて、もくもくと真っ白なそれを何となく眺め続ける。


「おう、!」
「おー梓ちゃん。」
「…」
「梓」
 

 そうしていたら、幼馴染みが顔を覗かせた。思わず呼び慣れた様に呼ぶと口元が引きつったので慌てて訂正する。綺麗な名前なんだから良いじゃないかと思うが、嫌なモンは嫌らしい。
 いや、分かってる。ちゃん付けで呼んだりするから嫌がるのだ。あんまり名前で呼ばれるのが好きじゃないのは確かだが、俺が普通に呼ぶ分には、怒らない。
 

「休み時間か?」
「うん、そっちは?」
「俺らも今やっと小休憩。」
 

 野球部は今年から軟式から硬式になったから、部員も1年生ばかりの新しいチームだ。対する俺はバスケ部で、それなりに仲が良いと言ってもばりばりの上下関係にがんじがらめ。だからそう言うところは少しだけ野球部が羨ましい。
 

「田島とか三橋とか元気?」
「あー、同じクラスだっけ?」
「うん」
 

 幼馴染みが野球部に入ったから、俺がクラスで最初に馴染んだのも自分が所属するバスケ部と野球部の面々だった。野球部の田島は明るくて楽しいし、三橋は一寸変わっている。もうひとり、それを上手くまとめてる泉も楽しくて好きだ。
 梓は首に掛けたタオルで額を拭き取ってから「無駄に元気」と笑った。その笑顔と、思い出す彼らの様子から、暑さもものともしない元気さではね回っているんだろうな、となんとなく想像がついた。
 

は大丈夫か?」
「あー…もぉ、体育館て中蒸し暑くてさぁ。」
 

 汗がダラダラだよ、と舌を出しながら俺が言えば、梓は苦笑した。
 外は外で日射しの問題とかあるんだろうけど、体育館も開けられる所全部開けたってすごい熱気だ。1時間もぶっ通しでトレーニングとか練習試合したらそりゃ倒れたくもなる。
 やっと顧問から聞けた「休憩!」の言葉に、俺は先輩達にお疲れ様ですというのもそこそこに、ペットボトルをひっつかんで体育館から逃げ出した。そうすれば、フェンスを挟んで向こうはもう畑で、そのまた向こうに青空と入道雲。
 何も考えないで休むのに、まさにうってつけの場所だと思う。
 

「偶には野球部も見に来いよ、楽しいから。」
「部活が重ならなかったらね。」
 

 前見に行ったら、野球なんて今まで見る専門だったのにバット持たされたりグローブ持たされたり大変だった。それなりに楽しかったけれど、俺は日の下で運動というのがあまりに似合わない事も悟った。体育の授業くらいなら平気なんだけど。
 

「俺梓みたく丈夫にはなれないなぁ。」
「はは、真っ白だもんな、。」
 

 健康的に焼けてる梓に対して、俺のタンクトップから覗く腕は本当に真っ白い。元から色白というのもあるのだがこうやって実際に口に出して言われるとそれなりにムカツク。
 だって、俺だってスポーツマンだし。
 ペットボトルの水を飲み干して立ち上がると梓の隣に並ぶ。バッシュが少し汚れるけど、言わなきゃ誰も気付かないだろう。
 

「外周も走ってんだから、今に黒くなるんだよ!」
「そりゃどうも。」
「ムカツクなぁ!梓は身長も高いんだもん…俺だってずっとバスケしてるのにさあ。」
 

 小中とバスケ一筋だった俺の身長は、残念ながら標準より少し高いくらい。バスケットは野球よりも身長が伸びそうなスポーツだというのに。
 

「いいじゃん、俺よりも身長が高いなんて想像出来ないしさ。」
 

 それでもって、梓はこうやって当然のように言う。昔から俺が身長を気にする度に言うのできっと悪意はない。悪意はないけれど悪意はないからって言って良いか悪いかはまた別問題だ。
 自分の身長があるからこそ言える、余裕の言葉に聞こえてしまう。ひがみだと言われたって、聞こえるんだから仕方ないじゃないか。
 俺はにゅっと、くちびるを突き出して思い切りしかめ面をした。目を瞠る梓から、身体全体を使ってそっぽを向く。分かり易く、不機嫌を表してみたのだ。
 

「ああもう野球部なんて絶対見に行かねぇ!」
「またそう言って、明日には忘れてるだろ?」
「…」
 

 当然のように梓は言う。その調子があまりにも静かだから、俺はあっさりと顔を元に戻して、身体も再び梓へと向けた。何故かこう、梓とは喧嘩をしてみようにも喧嘩まで発展した事が一度もなかったりする。梓が精神的に大人びてるからだろうか。
 俺が啖呵を切ったって、何故か次の日にはまた並んで学校への道程を歩いている。お陰でご近所のおばちゃんたちからは「あらあら何時まで経っても仲良しねぇ」なんて良く笑われる。
 

「…」
 

 成績はそんなに変わらないし、言い合いするときは俺の方が口数だって多い。でも、劣勢になるのはいつも俺の方。今回もやっぱり、言い返す言葉が見当たらなくて結局声に出なかった。
 梓の「ああやっぱり」って笑顔が癪に障る。
 いつかは必ず打倒梓だ。何時になるかは分からないけど、多分何時か。
 

「あー…そうだ、今日一緒に帰ろうぜ。」
 

 気持ちを切り替えて、実は練習中から考えてた事を口に出す。梓は大人しく頷いた。今日は野球部の友達と帰る予定もないのだろう。
 

「いいけど、いきなりだな。」
「いや、花火でも買って帰ろうと思ってさ。一緒にやろーよ。」
 

 入道雲を見ながら言った俺の頭に、ぽんぽんと暑苦しい梓の手。
 

「…おい」
「ああ、悪い。何かやりたくなるんだよなぁ…ここにお前の頭があると。」
「どーゆー意味だよ…」
 

 目が据わった俺に梓が苦笑する。そして計ったように「もう休憩終わりだから」と回れ右しやがった。
 一寸自分の方が背が高いからって、俺の頭をぽんぽんぽんぽん撫でる癖はいい加減にするべきだ。俺が身長伸びない理由は、何割かあいつが上から押さえ込むからじゃなかろうか。
 

「そうだ」
 

 悔しい思いで地団駄でも踏もうかという時に、絶妙なタイミングで梓の声。振り向けば、ペットボトルの横に置いてあるタオルを指さして、
 

「汗拭いて、シャツ着替えろ。」
 

 いくら夏の熱気で乾くからって放っておいたら風邪ひくぞ。言いたい事を言ってスッキリしたらしい梓は俺の返答なんて待たずに今度こそグラウンドの方へと行ってしまった。
 ぽつん、と残された俺は先輩の呼ぶ声に応えてからぼんやりと梓の消えた方を見る。
 

「もしかしてアイツ…」
 

 それだけ言いに来るためにわざわざここまで来たんだろうか。
 何となく、入道雲をもう一度見上げた。うまく言い表せない気持ちがぐるぐると胸の辺りで渦巻いている。でも、気持ちは驚くくらいに静かだ。汗を吸いまくってしっとりしているシャツをぎゅっと握る。
 あと5分だぞ!と、言う監督の声で我に返った俺は、慌ててタオルで汗を拭きながらシャツを脱いだ。
 ちゃんと着替えたぞって、帰り道で梓に言ってやろう。

 

 

 

 

(041231→090208)
これが一番最初に書いたおおふり夢。夏のお題企画でした。
今回加筆・修正して久しぶりに日の当たるところに出て来ました。
にしうらーぜでは梓が好きなんです(笑)