ごろごろしている。

でかいのが、二人。

 

 

午睡

 

 

 

 書物に没頭していた化野は不意に顔を上げた。振り返り開けっ放しになっている部屋の入り口を見ると、その向こうにだらしなく足が見える。
 にょきにょきと、真っ白い脚が二本。
 

「…はぁ」
 

 溜息を一つ付いて、化野は立ち上がった。いきなり見えたら一瞬引いてしまいそうなその脚の方へと歩みを進める。
 

!」
「おや化野、読み物は終わったのかい?」
「終わるも何も、脚が気になる。」
「振り返らなければいい事さね。」
 

 化野の言葉にひとつひとつ言い訳しているのは脚の主、だ。寝転がったままのの白い金髪が無造作に床に散らばっている。見下ろしている化野からはそれなりに綺麗な様子だが、生憎と逐一それに反応するほど目新しい様子ではない。
 不思議だが人を惹きつける風貌のは化野の友人である。
 ギンコと同じく、蟲師。
 

「化野の家は風通しが良くていいねぇ」
「…」
 

 眼鏡を押し上げる化野はそれなりに機嫌が悪そうだ。が、がそれを気にする様子は全くない。ちなみに寝転がって一体何をしているのかと言えば、手にした硝子細工を延々と触っているだけだ。
 

「大体わたしに文句を言うならギンコにも等しく言っておくれよ。」
 

 が自分の頭の向いている方を指さす。長くて華奢なその指が指す方向には、同じくだらしなく寝転がったギンコが居る。と違って寝たばこ中だ。何度言ってもやめないので、いずれ火事になるのでは、と密かな化野の悩みになっている。
 

「ギンコに言ってはいそうですかと聞いてくれると思うのか?」
「じゃあわたしに言うのは効果があると思ったのかい?」
 

 もう一つ大きく大きく溜息をついて、化野は黙って首を振った。この二人と居ると自分は溜息が癖になってしまうのでは無かろうか。
 

「その硝子細工は?」
「先日立ち寄った村でね…蟲が付いていたので譲って貰ってきた。」
 

 人魚のような、不思議な形の、それでいて涼やかな硝子細工。が平気で触っているのだから、もうきっと蟲はいないのだろう。
 

「蟲を払う前に俺に見せてくれれば良かったのに。」
 

 いつの間にか、近くにギンコがやってきた。まるで這うような格好である。そのあまりの怠惰さに化野が嫌そうに目を細めた。
 

「さっさと払ってしまいたかったのさ。こんな綺麗な細工物なのに。」
 

 天に翳しながら硝子細工を撫でているの目が優しくなる。深い深い湖の色の双眸が硝子細工を見つめる。
 その双眸が、ふと、化野を見つめた。思わず息を呑む化野に、は口を開く。
 

「そういえば昼飯は未だなのかい?」

 

 

 

 打ち拉がれつつ化野が作った昼飯を男三人は黙々と食べた。
 洗い物をしている横にギンコが茶を飲みに来たので化野は思わず心のわだかまりをはき出す。
 

「あいつの優しさは人以外には向けられんのか…」
らしいといえば、らしいがな。」
 

 何ともあっさりとしたギンコの答えだが、反論する言葉は見つからない。化野が眉を寄せて低く唸る。隻眼を緩め、ギンコが肩で笑った。
 

「…笑うなよ。」
「悪いか?」
「悪い」
「俺は愛想の良いなんて想像しただけで笑っちまうがな。」
 

 またもや化野が言葉に詰まった。思わず頭の中で「愛想の良い」を想像してしまったのだ。化野に艶やかに微笑みながら愛想を振りまくは、考えてみるとまさに鳥肌ものだった。
 ぶんぶんと頭を振って、その不吉な考えを追い払う。
 

「…怖かった。」
「だろうよ」
 

 喉の奥で笑って、ギンコは再び奥へと戻っていった。洗い物をしていた手を休め、深々と化野は溜息をついた。もう今日何度目の溜息かも判らない。
 

「昼寝でもするか。」
 

 まるで言い聞かせるかの様に独りごつ。
 彼らと友人である時点で、きっと自分がこういう役回りになるのは判っていた事なのだ。それでもそのまま、彼らを事ある毎に家に招き入れるのは彼らを自分は気に入っているから。
 腐れ縁だ。
 達観しつつ居間に戻ると、やはり寝転がっているの頭の辺りをギンコが覗き込んでいる。
 

「どうした、ギンコ。」
「なかなか貴重なものが見れた。」
「?」
 

 ギンコはこちらを振り返らないから、化野が首を傾げたのもきっと見えない。
 だが、ギンコは化野を気にすることなく立ち上がると、の向こう隣に移動してごろりと寝転がってしまった。そのままこちらに背を向けて、すっかり寝入る体制に入る。
 不思議に思った化野は、そのまま先程までギンコが覗き込んでいた位置へと進みを覗き込む。
 

「……」
 

 睛は閉じられて。硝子細工を持ったままの手が無造作に置かれた上半身は規則正しく上下している。
 

「…こりゃ本当に、珍しい。」
 

 何とも穏やかで綺麗な寝姿。それを見つめる化野の目も、優しく細められていた事に本人は気づいているのか居ないのか。強い光を放つ睛が見えないのはどことなく物足りないが、こういうも新鮮だ。
 

「食ってから直ぐに寝ると牛になるんだがな。」
 

 の隣に寝転がり、愉快そうに笑う。
 言い様のない仕合わせな、のどかな、良い昼下がりだ。

 

 

「一番牛になりそうなのは本の虫のお前だなぁ、化野?」
「……五月蝿い。」

 

 

 

 

(030714→060818)
アップしたときには蟲師の男主夢なんて見たことがなかったんですけれども(笑)
着実に増えていて嬉しい限りです、はい。
映画も怖い気もするけど楽しみだなー!!