「向日葵の匂いがするお侍さん?」
「そ。知らない?」
 

 茶屋で出会った団子娘(ずーっと団子を食ってるから勝手に命名した)は、俺に問うてきた。くりくりの瞳で見上げつつ、団子を何時までも頬張りつつ。団子娘のそれよりはずっと控えめな量の善哉を腹に収めていた俺は、少し考える。「向日葵の匂いがするお侍」なんてそんな釣り合いの取れてない侍は聞いた事もない。
 器を置いて、首を左右に振った。
 団子娘は淋しそうに顔を伏せたが、次の瞬間にはもう顔を上げて笑っていた。

 

 

Dramatic Exotic Automatic

 

 

 

「この人スリよぉー!」
 

 そう言って右手を掴まれたのは、団子娘と別れた直ぐ後、町の中だった。勿論、スリなんて誤解である。俺がスリなんてセコイことやるかってんだ。
 しかし周囲の立ち止まる人の目は突き刺さるが如く痛い。皆この女の味方らしい。
 

(愛らしい外見っちゅーのは得だなァ。)
 

 なーんて、頭の隅っこで考えた。
 さて、そんな事はおいといて、取り敢えず逃げないといけない。無実の罪で捕まるなんて以ての外だし、何よりこんなの目立ちすぎる。
 目立つのは良くない。
 

「早く…早く、奉行所の人に…」
「そんなン、真っ平ごめんだ。」
 

 右手を掴まれてると言っても女の柔力。振り払うのなんて簡単だ。呆気にとられた女を尻目に、俺は人垣の端に行って、
 

「動くンじゃねーぞ。踏んづけても知ンねェから。」
 

 勢い良く、前に突進する。
 駄目だぶつかる、と眼前のおいちゃんが目を瞑った拍子に、思い切り俺は跳んだ。踏み切った下駄のガツンと言う音がヤケに大きく響いて、一瞬の浮遊感に襲われる。
 降り立った場所は人垣の外側。誰もが未だ起きた事態を飲み込めていない様で、こちらを振り向きもしない。
 

「じゃーな!」
 

 人を黙らすってのは気分が良い。俺は笑って駆け出した。
 いずれ誤解でも騒ぎは大きくなるだろうからもうこの一帯には居られない。来て直ぐにさようなら、なんて気忙しくていけない。

 

 

 軽快に走っていくと家がどんどん少なくなって、木ばかりの景色になる。
 そういえば、このまま行けば先刻の茶屋だ。団子娘は流石にもう居ないだろうがまた茶の一杯でも飲んで落ち着くのも悪くない。
 

「オイ」
 

と、そんな事を思って足を遅めたら、やたら柄の悪い声が後ろから聞こえた。振り向けばやっぱり柄の悪そうな男。性格悪そうだし、手も早そうな。
 変わった服、変わった風貌。
 直ぐに判った。
 

「琉球人か。」
「あンだ、分かるのか。」
 

 つまらなそうに吐かれた言葉は、つまらなそうな筈なのに殺気立っている。細められた目はギラギラしててぼーっとしてたらあわや飲み込まれてしまいそうだ。
 

「分かる。一目で。」
「へェ」
 

 片眉を吊り上げて、そう言った男はそのまま背中に背負った刀を抜きつつこちらへと突進してきた。そのまま体当たり、なんて筈もなくブォン、と空気の振動する音と一緒に刀が振り回される。
 迷い無く俺の腹辺りを狙ってきたその刀を上半身を反らしてかわし、その無理な体勢のまま足を思い切り振り上げた。相手の顎を狙ったつもりだったんだけどそれはやっぱりというかかわされてしまった。
 お互い数歩分の間を開けて対峙する。
 じりじりじりじりと、
 

「…何だ、いきなり。」
「お前だろ?」
「?」
「先刻のスリ騒ぎの、張本人っ!」
 

理性が浸食されていく様な。
 踏み込まれて振り下ろされた刀を間一髪で横に避けて、捻った身体をそのまま戻す様に男の横っ面に拳を叩き込む。蹌踉けた男にもう片方の拳も捻り込んでみたがすんでの所で避けられて逆に相手の下駄を履いた足が跳んでくる。
 

「俺じゃっ…ねェよ!!」
 

 跳んできた足を脛の辺りに手を当てていなし、お返しとばかりに腹を狙って蹴りを入れる。直撃とはいかなかったが、衝撃で後ろに跳ぶ瞬間、男はニヤリと笑った。
 

「ンなこと知ってらァ」
 

 跳んだんじゃなくて、後ろに自分の意思で下がったんだ。
 土産だと言わんばかりの刀の一閃。左手首に結んでいた紐があっさりと斬られ、地面に落ちる。紐だけじゃ受け止めきれなかった刀の衝撃で鋭い一瞬の痛みの後に真っ赤な血が垂れた。
 

「何だって?」
 

 俺だって随分と滅茶苦茶な喧嘩の仕方をすると自覚しているが、こいつも相当だ。どっから何が飛んでくるか分かったモンじゃない。
 睨み付ければ、相変わらずの嘲った笑い方で間合いを取ってくる。
 相手に合わせて少しずつ動けば、男が口を開いた。
 

「お前はスリじゃねェよ、俺はちゃんと真犯人の面見てンだ。」
「じゃあどうして」
「そんなモン、お前、アレだよ。」
 

 トントン、と2回足を踏みならす。男は至極嬉しそうな顔をしていた。型も成っちゃいない刀の構え方で、俺に切っ先を向ける。
 

「あんな貧相な奴より、お前の方がいくらも面白そうだったンだよ。」
 

 何も成っちゃいないが、強い。
 逆に言えば負けなきゃ型なんて関係ない。
 地面に手を突いて思い切り足を伸ばし、旋回させてきた。半歩下がってぎりぎりの所でそれをかわして、速度の落ちた相手の右足首を掴むと力の限り放り投げる。相手が地面に片膝を付いて体勢を直す頃には、こちらも幾分か落ち着いて体勢をとれる。
 奴はまだまだ、それこそどっちか死ぬまでやる気だ。
 

(俺にも獲物がありゃあな…)
 

 負ける気は全然しないが、勝てる気もしない。本当だったら俺も「抜く」ところなんだが生憎今持ち合わせていないのだ。
 

「思った通りだったじゃねェか…なぁ、名前は?」
「……
か…俺はムゲンだ。」
 

 まるで子供みたいにくしゃりと笑って、次の瞬間には懐目掛けて突っ込んでくる。
 全てが型破りだ。
 刀を下駄の裏に打ち付けてある鉄板で受け止めれば俺も一緒だと笑う。隙をついて蹴り飛ばせば、まともに顔に入ったというのに笑いながら立ち上がる。
 

「わっけ分かンねぇ…」
「面白けりゃ分かんなくたっていいじゃねェか。」
 

 何発かまともに入ってるとは言っても、同じくらい俺も入れられてるし、切り傷も増えてる。このままいけば上手く逃げられない限り、刃物を持ってるだけあっちが有利。
 さて、どうしたモンか。
 何で今日はこう、考えなきゃいけない事ばっかりなんだろう。
 実を言えば、考えたりするのは俺のすることじゃなくて、どちらかと言えば任せておく事だ。そういえばあんまり目立ちたくなかったのに、人も疎らとは言えこんな立ち回りをしたのでは目立ちまくっていること間違いなし。
 

「見つかっちまったかなァ。」
 

 面倒だ。
 呟きに、訝しげな顔をしたムゲンに向かって全く予備動作無しで回し蹴りを放ち飛び上がる。生憎二発目はしっかり刀で受け止められてしまったが。
 

「っぶねェな。」
「お前程じゃねェ…俺は早くこっから動きたい。」
「?」
「喧嘩して遊んでる場合じゃねぇってこった。」
 

 言いながら俺は懐を探って目当ての物を取り出す。
 鉄板の付いた、手にはめる袋だ。足袋にちなんで手袋。甲の部分に幾重にも複雑な彫りと一緒に鉄板が重ねられているそれは指先は穴が空いて指が出る様になっている。一寸した縁故で渡来人から買い付けた物だ。
 

「何だソレ?」
「奥の手さ。」
 

 手袋を填めて、手首を振る。鉄板の分、ずしりと重くなった手が手首に程良い負荷を掛ける。
 

「これで一発叩き込みゃ、いくらお前でも寝るだろ。」
 

 寝転がしてさっさと放って行く。
 これ以上目立ちたくないし、一箇所に留まってたくないんだ、俺は。対するムゲンはどこか不満げな顔で刀を下に降ろす。
 

「誰が寝るって?」
「目の前の柄の悪い男。」
「へぇ…」
 

 どうやら嘗められたとでも思ったのか、奴の顔色が変わった。先刻よりもずっと剣呑な目の色で、ゆっくり俺に向かって刀を構える。これは気を抜くとあっという間に真っ二つ、この世とオサラバってことに成りかねない。
 眼前に拳を構えつつ、俺は少しずつムゲンとの間を詰めた。
 

「ぶった切る…!」
「やってみな!」
 

 売り言葉に買い言葉、威勢の良い言葉を返したまでは良かったものの踏み込んだのは相手が先。向かってくる刀身に、慌てて構えを取る。
 

(うーん…死なねぇにしても、結構痛いかな…)
 

 今日はとことんついてねェなぁ、なんて、どこか他人事の様に思った。
 その時だった。
 

「ムゲン!」
様!」
 

 俺達の動きがぴたりと止まる。双方の名前を呼んだ別々の声は、生憎俺にはどちらも聞き覚えがあった。後一分もあるかどうかまで迫ったムゲンの刀を片手でゆっくり下げながら、呼ばれた方を向いた。
 先程別れたばかりの団子娘に、やたら長身の俺の良く見知った男。どちらも肩を怒らせて怒っている。
 

「もー!アンタってどうしていっつもこうなのよ!」
「やっと見つけました様!一体こんな場所で何事ですか!!」
 

 きっと、嫌な顔をしてたのは俺もムゲンも一緒だろう。
 兎にも角にも俺が大怪我をすることなく、喧嘩はあっさりと終わってしまったのだ。

 

 

 

 切り傷の手当を受けながら、俺は団子娘とムゲンを見やった。
 ふて腐れて座り込んでいるムゲンとやたら胸を張る団子娘を見るに、主導権は団子娘にあるらしい。それにしても、どんな組み合わせなんだこの二人は。
 

「なァ、団子娘。」
「なっ…!何よその呼び方!!!!」
 

 俺が呼んだ拍子に団子娘の顔が真っ赤に染まる。縁日の夜店にいる金魚みたいにぱくぱくと口を開閉させた。
 

「だってよ、お前もンすごい団子食ってたじゃねェか。」
「アンタの方が善哉たくさん食べてたじゃない!私が団子娘ならアンタなんて善哉野郎よ!?」
「いーや、お前の方が量食ってた。」
「アンタ自分が幾つお椀重ねてたか数えてないわけ!?」
「じゃあお前だって自分が食った皿と串の数くらい数えとけよ。」
 

 地団駄を踏んで怒る団子娘に眉を寄せ、色気ねェなぁと呟けばその横でムゲンが嫌味に笑った。
 

「色気あったらこういう子供が好みかよ?」
「! 子供って…!!!」
「いや、別に…色気があっても好みじゃねェこんなん。」
「アンタ達…ちょっとねぇ……!」
 

 まるで団子娘のふつふつとわき上がる怒りがまるで目に見える様だ。見てて飽きない娘だと思う。ムゲンと言い、団子娘と言い酷く我が強い。
 

様!どれだけ探させるおつもりですか!」
 

 後ろから大声。説教されてるムゲンを面白可笑しく眺めてる場合じゃなかった。
 俺の小太刀二口をぎゅっと抱きしめて必死にこちらを見ているのは先刻まで頑張って逃げていた相手だ。折角目立たない様に目立たない様にと気をつけていたのに呆気ない幕切れだ。
 こんな事なら愛刀も見捨てずに持ってきてやるんだった。
 

…」
「貴方が真逆小太刀まで置いて行かれるとは思わず油断致しました。」
「俺だって断腸の思いで置いてきたんだもんよ。」
様!貴方って人は…」
「様、ってやめれ。」
 

 そっぽを向けば間を詰めて上から見下ろされる。何時にもまして怒ってる。やっぱり宿に布団で簀巻きにして置き去りにしたのが悪かっただろうか。
 

「若様とお呼びしないだけ有難いと思ってください。」
「…」
「お約束通り、私が様を見つけたのですから戻って頂きますよ。」
 

 そう、と俺は昨日宿で約束したのだ。当てもなく放浪していたのだが、今度が逃げた俺を捕まえたら一度家に戻る、と。まだまだ遊び足りない気分だったから簀巻きにまでして逃げたってのに。真逆1日も経たない内に捕まってしまうなんて、運がない。否定も肯定もせずに息を吐き出して、再びムゲンと団子娘を見てみればこちらを放って説教を再開していた。
 

「もうっ!どうしてアンタって直ぐにそうやってどこでも行っちゃうの!!」
「ンだよ良い所で邪魔しやがって…」
 

 団子娘の怒声も小指で耳を掻いているムゲンには全く堪えてないらしい。しかし団子娘も団子娘でこれしきではへこたれない。
 

「スリを捕まえてって言ったのよ?逆の方向に走ってってどうするわけ!」
「いいじゃねェかどうせジンの野郎が捕まえたんだろ?」
「それは…」
 

 どうやら団子娘とムゲンの他に、もう一人連れが居る様だ。ムゲンがああ言うのだから相当腕が立つんだろう。
 こいつらと付き合えるのだから負けじ劣らず我も強いだろう。
 それにしても、俺が誤解されたスリはちゃんと捕まってくれたらしい。スリと間違えたあのお姉ちゃんも天に向かって俺に謝ってると良いと思う。謝るどころか俺に迷惑かけた事すら忘れてそうな気もするけど。
 

様…」
 

 団子娘のムゲンに対する説教をぼんやりと眺めていると、横から控えめな声でが呼んだ。顔を向けると、申し訳なさそうな目でこちらを見上げている。俺より二寸はでかいくせにそういう態度ばっかり取る。
 

「分かってるよ。」
 

 の手から二口の小太刀を取り上げるとまだ大声で説教が続く二人を背にする。もう説教というか唯のセコイ言い合いになっている気もするがもう別れる人間の事だ。
 

「見つかったンだから、帰るよ。」
様…!」
「…そのきらきらした目、やめれ。」
 

 刀の柄で額を小突いてやると、ゆっくりと歩き出す。数歩歩いた所で漸く気付いたのか後ろで慌てた様な団子娘の声がした。
 殺気立ったムゲンの気も。
 

「ちょ、ちょっと!」
「ちゃんと見つけろよ、向日葵のお侍さん。」
 

 振り向かず後方に向かって手を振ると、また歩き出す。のぱたぱたと忙しない足音も追ってくる。何やら怒号も聞こえたが、もう振り返らなかった。きっともう一人連れが居るらしい奴等は俺達を追ってくる事もないだろう。

 

 

「あ、」
 

 道を随分歩いた所で、ある事を思い出して立ち止まった。後ろを歩いてが吃驚した声を出す。
 

「どうしたんですか!?」
「いや…」
 

 目線を落としたのは左手首。下がりざまムゲンに一発貰った場所だ。
 今はに包帯を巻かれて真っ白くなっているその場所、最初にあった物が無い。無いというか、落とした事は覚えて居るんだが。
 

「…紐なくした。」
「ええぇぇぇぇえぇ!?」
「煩い。」
 

 慌てて俺の前方へやって来たは左手首を掴んで自分の目線へと掲げる。大体こいつも手当てした時に気付けば良かったのに。の顔が見る間に蒼白になっていく。
 

「ま、ままままま、また、無くしたんですか!?何回目ですか!!?」
「知ンね」
 

いちいちそんな小さな事数えてられるか。
 だがは俺の手首を掴んだままあわあわとまるで鬼でも見た様な顔で慌てふためいている。
 

様、あの紐は…!」
「別にあんなモン無くたって実の息子の顔くらい分かるだろーが。」
「そりゃ、そうですけど!でもね、こういうのって気持ちの問題ですよ!!」
 

奥方様が何て言われるか…!

 ついには頭を抱えてしゃがみ込んでしまったに深々と溜息をついてやった。あの紐は俺の母親が手ずから編み込んだ少し特別な紐だ。模様も普通こうやって日の本中歩いていたって見れる様なモンじゃない。
 でも別に家に帰れば俺が無くした事を最初から見越して山程作ってるんだ、あの人は。
 

「あんなぶち切れた紐、拾ったって訳分かんないだろうし…あれから元を伝うのも普通の奴にゃ無理だ。」
「それは…」
「いいじゃねェか、どうせ山道に落としたんだ。直ぐに泥だらけになって土と同化しちまうよ。」

 

 

 

 

 その頃、やっとその日の宿を見つけ部屋に落ち着いたムゲン達は各々くつろいでいた。風呂に行ってしまったフウと、刀の手入れに行ってしまったジン。部屋に一人残されたムゲンは畳に大の字に寝ころんで指に摘んだ物を見ていた。
 少し土が付いたそれは、一本の紐だ。
 

「…」
 

 昼間出会ったの腕から落ちた紐。原色が鮮やかな、江戸でも見ない模様。恐らく手編みであろうそれに、ムゲンは良く見覚えがあった。
 

「アイツ、琉球生まれか。」
 

 自分が生まれた地で、普遍的に流通しているものだ。もしに琉球の血が流れているのなら、自分を直ぐに琉球人だと言ったのも頷ける。
 紐を凝視しながら、ムゲンの口の端がゆっくりとつり上がる。
 

「面白ェ」
 

面白い、面白い。

 対峙した時の血の滾りは未だ当分忘れはしないだろう。は帰ると言っていた。ならば、きっと南へと下る筈。
 

「どうせアイツに付き合って長崎まで行くんだ。」
 

 自分に言い聞かせる様にそう呟いて、ムゲンは反動をつけて起きあがった。傍らに置いていた刀の鞘を掴む。その肩紐に、手に持っていたの紐を結びつけた。
 子供が何かを作り上げたときのような満足げな顔。
 暫し眺めたその後、再びムゲンは寝転がった。

 

 

 

 

(040918→060818)
アニメの戦闘シーンの格好良さに惚れ惚れしてアクションっぽく書いてみようと思って撃沈。
でも結構気に入っている話なので再アップしてみました。
漫画もアニメも面白い作品だったなあ。