「向日葵の匂いがするお侍さん?」 茶屋で出会った団子娘(ずーっと団子を食ってるから勝手に命名した)は、俺に問うてきた。くりくりの瞳で見上げつつ、団子を何時までも頬張りつつ。団子娘のそれよりはずっと控えめな量の善哉を腹に収めていた俺は、少し考える。「向日葵の匂いがするお侍」なんてそんな釣り合いの取れてない侍は聞いた事もない。 |
Dramatic Exotic Automatic
「この人スリよぉー!」 そう言って右手を掴まれたのは、団子娘と別れた直ぐ後、町の中だった。勿論、スリなんて誤解である。俺がスリなんてセコイことやるかってんだ。 (愛らしい外見っちゅーのは得だなァ。) なーんて、頭の隅っこで考えた。 「早く…早く、奉行所の人に…」 右手を掴まれてると言っても女の柔力。振り払うのなんて簡単だ。呆気にとられた女を尻目に、俺は人垣の端に行って、 「動くンじゃねーぞ。踏んづけても知ンねェから。」 勢い良く、前に突進する。 「じゃーな!」 人を黙らすってのは気分が良い。俺は笑って駆け出した。
軽快に走っていくと家がどんどん少なくなって、木ばかりの景色になる。 「オイ」 と、そんな事を思って足を遅めたら、やたら柄の悪い声が後ろから聞こえた。振り向けばやっぱり柄の悪そうな男。性格悪そうだし、手も早そうな。 「琉球人か。」 つまらなそうに吐かれた言葉は、つまらなそうな筈なのに殺気立っている。細められた目はギラギラしててぼーっとしてたらあわや飲み込まれてしまいそうだ。 「分かる。一目で。」 片眉を吊り上げて、そう言った男はそのまま背中に背負った刀を抜きつつこちらへと突進してきた。そのまま体当たり、なんて筈もなくブォン、と空気の振動する音と一緒に刀が振り回される。 「…何だ、いきなり。」 理性が浸食されていく様な。 「俺じゃっ…ねェよ!!」 跳んできた足を脛の辺りに手を当てていなし、お返しとばかりに腹を狙って蹴りを入れる。直撃とはいかなかったが、衝撃で後ろに跳ぶ瞬間、男はニヤリと笑った。 「ンなこと知ってらァ」 跳んだんじゃなくて、後ろに自分の意思で下がったんだ。 「何だって?」 俺だって随分と滅茶苦茶な喧嘩の仕方をすると自覚しているが、こいつも相当だ。どっから何が飛んでくるか分かったモンじゃない。 「お前はスリじゃねェよ、俺はちゃんと真犯人の面見てンだ。」 トントン、と2回足を踏みならす。男は至極嬉しそうな顔をしていた。型も成っちゃいない刀の構え方で、俺に切っ先を向ける。 「あんな貧相な奴より、お前の方がいくらも面白そうだったンだよ。」 何も成っちゃいないが、強い。 (俺にも獲物がありゃあな…) 負ける気は全然しないが、勝てる気もしない。本当だったら俺も「抜く」ところなんだが生憎今持ち合わせていないのだ。 「思った通りだったじゃねェか…なぁ、名前は?」 まるで子供みたいにくしゃりと笑って、次の瞬間には懐目掛けて突っ込んでくる。 「わっけ分かンねぇ…」 何発かまともに入ってるとは言っても、同じくらい俺も入れられてるし、切り傷も増えてる。このままいけば上手く逃げられない限り、刃物を持ってるだけあっちが有利。 「見つかっちまったかなァ。」 面倒だ。 「っぶねェな。」 言いながら俺は懐を探って目当ての物を取り出す。 「何だソレ?」 手袋を填めて、手首を振る。鉄板の分、ずしりと重くなった手が手首に程良い負荷を掛ける。 「これで一発叩き込みゃ、いくらお前でも寝るだろ。」 寝転がしてさっさと放って行く。 「誰が寝るって?」 どうやら嘗められたとでも思ったのか、奴の顔色が変わった。先刻よりもずっと剣呑な目の色で、ゆっくり俺に向かって刀を構える。これは気を抜くとあっという間に真っ二つ、この世とオサラバってことに成りかねない。 「ぶった切る…!」 売り言葉に買い言葉、威勢の良い言葉を返したまでは良かったものの踏み込んだのは相手が先。向かってくる刀身に、慌てて構えを取る。 (うーん…死なねぇにしても、結構痛いかな…) 今日はとことんついてねェなぁ、なんて、どこか他人事の様に思った。 「ムゲン!」 俺達の動きがぴたりと止まる。双方の名前を呼んだ別々の声は、生憎俺にはどちらも聞き覚えがあった。後一分もあるかどうかまで迫ったムゲンの刀を片手でゆっくり下げながら、呼ばれた方を向いた。 「もー!アンタってどうしていっつもこうなのよ!」 きっと、嫌な顔をしてたのは俺もムゲンも一緒だろう。
切り傷の手当を受けながら、俺は団子娘とムゲンを見やった。 「なァ、団子娘。」 俺が呼んだ拍子に団子娘の顔が真っ赤に染まる。縁日の夜店にいる金魚みたいにぱくぱくと口を開閉させた。 「だってよ、お前もンすごい団子食ってたじゃねェか。」 地団駄を踏んで怒る団子娘に眉を寄せ、色気ねェなぁと呟けばその横でムゲンが嫌味に笑った。 「色気あったらこういう子供が好みかよ?」 まるで団子娘のふつふつとわき上がる怒りがまるで目に見える様だ。見てて飽きない娘だと思う。ムゲンと言い、団子娘と言い酷く我が強い。 「様!どれだけ探させるおつもりですか!」 後ろから大声。説教されてるムゲンを面白可笑しく眺めてる場合じゃなかった。 「…」 そっぽを向けば間を詰めて上から見下ろされる。何時にもまして怒ってる。やっぱり宿に布団で簀巻きにして置き去りにしたのが悪かっただろうか。 「若様とお呼びしないだけ有難いと思ってください。」 そう、と俺は昨日宿で約束したのだ。当てもなく放浪していたのだが、今度が逃げた俺を捕まえたら一度家に戻る、と。まだまだ遊び足りない気分だったから簀巻きにまでして逃げたってのに。真逆1日も経たない内に捕まってしまうなんて、運がない。否定も肯定もせずに息を吐き出して、再びムゲンと団子娘を見てみればこちらを放って説教を再開していた。 「もうっ!どうしてアンタって直ぐにそうやってどこでも行っちゃうの!!」 団子娘の怒声も小指で耳を掻いているムゲンには全く堪えてないらしい。しかし団子娘も団子娘でこれしきではへこたれない。 「スリを捕まえてって言ったのよ?逆の方向に走ってってどうするわけ!」 どうやら団子娘とムゲンの他に、もう一人連れが居る様だ。ムゲンがああ言うのだから相当腕が立つんだろう。 「様…」 団子娘のムゲンに対する説教をぼんやりと眺めていると、横から控えめな声でが呼んだ。顔を向けると、申し訳なさそうな目でこちらを見上げている。俺より二寸はでかいくせにそういう態度ばっかり取る。 「分かってるよ。」 の手から二口の小太刀を取り上げるとまだ大声で説教が続く二人を背にする。もう説教というか唯のセコイ言い合いになっている気もするがもう別れる人間の事だ。 「見つかったンだから、帰るよ。」 刀の柄で額を小突いてやると、ゆっくりと歩き出す。数歩歩いた所で漸く気付いたのか後ろで慌てた様な団子娘の声がした。 「ちょ、ちょっと!」 振り向かず後方に向かって手を振ると、また歩き出す。のぱたぱたと忙しない足音も追ってくる。何やら怒号も聞こえたが、もう振り返らなかった。きっともう一人連れが居るらしい奴等は俺達を追ってくる事もないだろう。
「あ、」 道を随分歩いた所で、ある事を思い出して立ち止まった。後ろを歩いてが吃驚した声を出す。 「どうしたんですか!?」 目線を落としたのは左手首。下がりざまムゲンに一発貰った場所だ。 「…紐なくした。」 慌てて俺の前方へやって来たは左手首を掴んで自分の目線へと掲げる。大体こいつも手当てした時に気付けば良かったのに。の顔が見る間に蒼白になっていく。 「ま、ままままま、また、無くしたんですか!?何回目ですか!!?」 いちいちそんな小さな事数えてられるか。 「様、あの紐は…!」 奥方様が何て言われるか…! 「あんなぶち切れた紐、拾ったって訳分かんないだろうし…あれから元を伝うのも普通の奴にゃ無理だ。」
その頃、やっとその日の宿を見つけ部屋に落ち着いたムゲン達は各々くつろいでいた。風呂に行ってしまったフウと、刀の手入れに行ってしまったジン。部屋に一人残されたムゲンは畳に大の字に寝ころんで指に摘んだ物を見ていた。 「…」 昼間出会ったの腕から落ちた紐。原色が鮮やかな、江戸でも見ない模様。恐らく手編みであろうそれに、ムゲンは良く見覚えがあった。 「アイツ、琉球生まれか。」 自分が生まれた地で、普遍的に流通しているものだ。もしに琉球の血が流れているのなら、自分を直ぐに琉球人だと言ったのも頷ける。 「面白ェ」 面白い、面白い。 「どうせアイツに付き合って長崎まで行くんだ。」 自分に言い聞かせる様にそう呟いて、ムゲンは反動をつけて起きあがった。傍らに置いていた刀の鞘を掴む。その肩紐に、手に持っていたの紐を結びつけた。 |
(040918→060818)
アニメの戦闘シーンの格好良さに惚れ惚れしてアクションっぽく書いてみようと思って撃沈。
でも結構気に入っている話なので再アップしてみました。
漫画もアニメも面白い作品だったなあ。