てくてくと、大分慣れた町中を歩いていた時だった。鴇時がふと傍らを歩く紺を覗き込む。
 

「なぁ…」
「…何だよ。」
「いや、ロボットとかなかったらなかったで生活できるんだなと思ってさ。」
「そりゃお前…」
 

 紺が目を諫め、面倒そうに口を開こうとした。
 が、それは突如目の前に回り込んできた少年によって阻まれることになる。鴇時よりも少し低い身長の少年は、興味深そうに二人を見上げる。
 

 

「ロボットなんて久しぶりに聞いた…兄さん達、どこから来たの?」

 

 

the stopped Heart

 

 

 

 少年はと名乗った。鴇時が少し見下ろすくらいの身長は江戸の町にもすんなりとけ込める背丈だ。
 しかし着崩した着流、更に羽織られている派手な着物は女物。括ることもせず肩に緩く掛かる真っ直ぐな髪。
 これでは、立派に変人扱いでは無かろうかと鴇時と紺は思う。
 

「君…は、いつここに?」
「僕?僕は…ええともう10年近くかな…」
 

 首を傾げ、必死に思い出そうとしているに悲壮感はない。だから鴇時も驚いたものの、それ以上同情のような言葉を言うこともない。
 

「お前も大江戸幕末巡回展から?」
 

 未だ信用していないのか、を鋭い目で見ながら紺が言う。その視線をものともせずはひとつ頷いた。まだ小学生のが巡回展にて鵺に襲われたのはもう10年近くも前。鴇時と紺が同じ日に巡回展に行き、別々の時間帯にここへ来たことを考えればも同じ様な時に巡回展に来たのだろう。
 

、良くこの世界にひとりでとけ込めたね。」
「んー…僕、ここへ来た時はまだ子供だったから。」
 

 偶々裕福な夫婦が駕籠で傍を通りかかり、余興のように拾われたのだという。裕福故道楽好きな夫婦が拾い、そこで育った子供だからこういう風に変わった恰好をしていても許されるということか。
 父上も母上もすごく優しいよ、とは笑顔で付け足す。
 

「ふらふら歩いてたらトキがロボットなんて言うからついつい話しかけちゃった。」
 

 前まで良く耳に馴染んでいた言葉が、不意に耳に飛び込んできたのだ。元の世界に帰ろうと切実に思っていないらしいであっても、それは嬉しかっただろう。
 

「…どこを持って行かれた?」
 

 すっと、切り込むように、低い声が響く。を睨み付ける紺の声だ。彼が左手に握るのはいつもの煙管ではなくて、感覚を失った右腕だ。成る程、と鴇時も左目に意識が行く。鵺に襲われてこの世界に来たならばも鵺にどこかを持って行かれているはずだ。
 緊迫した二人分の視線を受け、は微苦笑を浮かべる。何とも大人びた、不釣り合いな笑みだった。
 

「どこだと思う?」
 

 そう言って、己が纏う着物に手を掛ける。左半分をそのまま一気にはだければ左胸―下に心臓があるであろうそこに3走る本の傷。
 鴇時が大きく息を呑む。紺も、目立った反応はしないものの目はその一点に釘付けだ。
 

「僕は『生きているようで生きていない』のさ…まぁ、医者にさえかからなければ面倒もないけどね。」
 

 小さく笑って、着物を正す。次の瞬間にはの雰囲気は元のやんわりとしたものに戻っていた。にっこり笑えば、愛嬌もある。
 

「良かったら、仲良くしてね。同じ『あっち』から来た者同士ってことで。」
「うん…あの、、その、」
「?」
 

 黙り込んでしまった紺の代わりに口を開いたはいいものの、何を言えばいいのか分からない。わたわたとどもる鴇時を瞬きをしながら見つめ、は首を傾げた。そのまま鴇時の次の言葉を待つが、それがなかなか続かない。
 落ちた沈黙の後大きな溜息と共に紺が頭を掻き回す。
 

「悪かったな、。」
「ん?」
 

 恐らく紺はこれまでのいろいろをひっくるめて謝ったのだろう。証拠に先程まであんなに剣呑とした光を宿していた目が、幾分和らいでいる。
 

「んーん、いいよぉ、別に。」
 

僕、そういう事気にしないから。
 微かに頬を赤くしてが両手を振った。はにかむ姿はとても幼く見える。
 

(当然か…あっちに居たときはすごい年下だったんだもんな。)
 

 鴇時はその笑顔を見つめながら感慨深げに思う。
 もしかするとあの大江戸幕末巡回展ですれ違ったりしたかも知れないが今のから小学生のを想像するのは難しい。そもそも小学生のでは自分や紺は接点は持てなかっただろう。偶々同じこのおかしな世界に閉じこめられて、偶々鴇時がロボットと町中で呟いたからこそ出会うことが出来たのだ。
 緊張感の足りない迂闊さを紺や朽葉に説教されたりもするが、これに関しては良い方向へと働いたのだ。
 

「この長屋は俺の家だから何時でも好きなときに来ればいい…というかせめてお前髪を括れ。」
 

 紺は立ち上がりの後ろに回り込むとその好き勝手流れている髪の毛をまとめ始める。彼の世話焼きな部分がのあまりに無頓着な風貌に我慢できなくなってきたのだろう。一寸照れながらも大人しくしているが可愛らしい。
 

「ねぇ
「ん?何、トキ。」
 

 髪の毛をまとめ上げられながら、が鴇時を見つめる。肩から滑り落ちている女物の着物が薄暗い部屋の中でも鴇時の目に鮮やかに映る。風貌は、いかにも遊び人と言った風で、周りを全く気にしないは飄々としていて大人びている。
 だからこそ感じる違和感というのだろうか、嫌なものではないが気になるのだ。
 

「俺が言うのも何だけど…どうしてそんな目立つ恰好なの?」
 

 きょとん、と、が鴇時を見上げる。そんなことを問われるとは思ってもなかったのだろうか。鴇時もじっとを隻眼で見つめる。髪の毛をまとめ上げられ、顔の線がはっきりと分かるようになったは何割か増して子供っぽい。自分の風体を紺に顔を動かすなと怒られながらも見下ろして首を左右に捻る。
 

「んー…キレイだから、かなぁ…」
「綺麗?」
 

 鴇時より早く紺が反応して眉間に皺を作った。理由にしてはそれはあまりにも単純だ。単純な理由で町中で好奇の目に晒されることに苦はないのだろうか。
 

「この着物、派手でキレイでしょ?みんな僕を見てくれるから。」
って注目されるのが好きなの…?」
「んん、そゆのじゃなくて…僕が、ここに居るって確認できるから。」
 

 溶け込んで、空気のように、自分の輪郭が曖昧になる。
 それは時々自分が分からなくなって怖いから、と。
 

「もうさ、僕こっちに来てからの方が長いから。あっちの友達とか、全部、結構曖昧でさ。」
 

 ここで暮らすことに、あっちの記憶が薄れることが不便で有るわけではない。しかし、忘れ去ってしまうにはあっちの世界の生活にも未練がある。来たばかりの鴇時や、その2年程先に来た紺よりも考えることは多く、思うことも多かったのだろう。
 10年の月日はあまりに長い。
 

…」
 

 それを考え、思わず鴇時は泣きそうになった。がそれを悲観していないのは最初から分かっているがその孤独を勝手に思い、勝手に泣けてくる。黙々と紐での髪をまとめている紺のことなど最早忘れ、鴇時は小柄な身体を抱きしめた。
 

「わっ…!」
「鴇!おいコラ…」
 

 いきなりの鴇時の行動に強ばるを抱きしめる手に益々力を込め、頬ずりする。少しでも自分のうちにあるこの愛しいと思う気持ちが本人に伝わればいいと思った。
 

「沢山甘えればいいからねっ…!俺も篠ノ女も居るから!!」
 

 その言葉を聞いた瞬間、鴇時の腕の中で大きく目を見開いたは泣きそうに顔を歪めた。の変化に気付いた者は居なかったが、ぎゅっと鴇時を抱きしめ返し口を開いた。
 

「トキって変わってるね。」
「!!!!」
「はは、違いねぇ。」
 

 すっかり解けてしまったの髪に眉を寄せ、再び結い始めた紺もあっさりと同意する。鴇時は二人から変だと言われるとは思っていなかったらしく大きく顔を強ばらせている。
 少し身体を離し、その顔を覗き込んだがくすくすと笑った。鴇時の頬に手を当てる。
 

「でも、ありがと。」
 

 の表情と言葉に顔を真っ赤にした鴇時と、それをからかいながら髪をまとめていく紺。
 そんな二人に挟まれて笑うの耳に、聞こえなくなって久しい自分の鼓動が聞こえた気がした。

 

 

 

 

(050410→060821)
1巻が出て直ぐかな?に書いたあまつき夢。
今ではすっかり人気も出て夢もちらほら見かけますね、嬉しいことだ!
ちなみに主人公の鵺に持ってかれた場所云々と設定云々は支障が出て来たらこっそり直そうと思います…