夏色の想い出
夏と言えば思い出す出来事がある。 青嵐も一緒にいたというのにおかしな所に紛れ込んでしまった思い出だ。行けども行けども元居た風景に戻る兆しはない。流石にそういうことに慣れっこになっていたと僕とは言え、未だ子供だった。 青嵐に聞いても知らぬ分からぬの一点張り。妖怪というのは何故こういう時まで平静でいられるのかと少し恨めしく思った程だ。 死ぬ事はないだろうが、帰れる確証もない。 『まぁ、その辺の夜店で遊んでみたらどうだ。』 青嵐がのんびりとそんな無責任な事を言う。 『そんな気分になんてなれないよ。』
子供の僕がそう答えた事だって頷ける。青嵐は少し残念そうな声を出したが黙々と歩き続ける僕の後ろを大人しく付いてくるのが分かった。 (一体ここは何処なのだろう?)
頭の中を閉める疑問と言えばこればかり。普通の人が見えないものが見える事はもう慣れっこだったが空間までとなると流石に恐ろしい。敵意があるような雰囲気はないのだが、歩き続ける事もいい加減限界が来る。 『…ごめんなさい…』
ドン、と大きな花火の音がして、その人の背に大きな花が咲く。その頃の僕よりも少し大きなその人は消え入りそうな声でそう言っておどおどと頭を下げた。今にも泣きそうなその姿が、僕を逆に安堵させる。 『ぼくのせいで、君が…』
そして彼が、この異常な空間の持ち主だと理解する。花火の明かりで照らされた彼は泣きそうに顔を歪めた。これでは言い寄る事も怒る事も出来ないじゃないか。 『あ、あのっ…』 僕の言葉に少しだけ安心したらしい。やっと頭を上げた彼の目は不安げに揺れていて、彼の空間がここだという事に妙に納得した。 『ここは?』 家族も心配しているかも知れないから。 『ぼく、どうしたら良いかわからなくて…』
たどたどしく彼が喋るには、何時も両親と居るのでこういう事もないのだが今日に限ってはぐれてしまったらしい。まさか僕のように迷い込んでしまう人間が居るとは思っても見なかったので見つけた時には本当に困ったそうだ。 『ぼく、君の事だけはちゃんと帰してあげるから…本当に、ごめんね。』
取り敢えず、彼自身にも解決方法が分からないのだから仕方ない。このまま歩いてみようという事になった。青嵐と二人だけだったから他の誰かも居てくれれば同じ歩くだけでも新鮮だ。 『そう言えば、』 歩き出して暫くして、僕は唐突に声を出した。大袈裟にびくつく彼は、未だ慣れきってくれないらしい。 『僕は飯嶋律って言うんだけど…君は?』
「もう何年も前だね。もう律くん大学生だもの。」
そう言ってにっこり笑うのは、僕をあの後も延々と歩かせた張本人だ。彼も成長はするけど僕よりもスローペースらしく、少し前に外見的な面では僕の方が大きくなった。 「は小さいね。」 彼はと名乗った。本名なのか略称なのかよく判らないが、彼がそう名乗ったので僕はそう呼んでいる。 「夏っていうと、あの迷子になった思い出が一番強いんだ。」
途端顔を曇らせて頭を下げようとするの言葉を遮る。何かと思い出しては謝ろうとするから大変なのだ。今のは、うっかりこういう言い方をしてしまった僕が悪いけれど。 「うぅ…」 あまり自慢にならない慣れっこではあるけれども。 「結果的に友達が出来たんだから。」 が顔を上げた。 「律くんは一番大事な友達だからね。」
僕の十倍近くは長生きしているだけれど、彼はすごく可愛いのだ。青嵐や司ちゃんの良いおもちゃにされてしまう事もあるくらい。 |
(041231→060823)
こちらもひとつ前の蟲師夢と同じく
夏を題材にしたタイトル消化で年末にアップした作品です。
20題くらいだったんですけどジャンルをかぶらせないように、と思ったらいろんなものに手を出さざるを得なくなって(苦笑)
私的にはとても思い切った挑戦だったなーと今では思います。