夏色の想い出

 

 夏と言えば思い出す出来事がある。
 青嵐も一緒にいたというのにおかしな所に紛れ込んでしまった思い出だ。行けども行けども元居た風景に戻る兆しはない。流石にそういうことに慣れっこになっていたと僕とは言え、未だ子供だった。
 青嵐に聞いても知らぬ分からぬの一点張り。妖怪というのは何故こういう時まで平静でいられるのかと少し恨めしく思った程だ。
 死ぬ事はないだろうが、帰れる確証もない。
 

『まぁ、その辺の夜店で遊んでみたらどうだ。』
 

 青嵐がのんびりとそんな無責任な事を言う。
 知らない景色というのは延々と続く一本道で、偶にぽつりぽつりと夜店が見えるというものだった。食べ物から遊びまで、様々な夜店。どの夜店も店の人がひょっとこだとか狐だとか様々な面をつけていて不気味に見える。
 勿論薄暗いその道に他の客が見れる訳でもない。時偶花火がドン、ドン、と上がったりして静寂の中に大きく響く。
 

『そんな気分になんてなれないよ。』
 

 子供の僕がそう答えた事だって頷ける。青嵐は少し残念そうな声を出したが黙々と歩き続ける僕の後ろを大人しく付いてくるのが分かった。
 

(一体ここは何処なのだろう?)
 

 頭の中を閉める疑問と言えばこればかり。普通の人が見えないものが見える事はもう慣れっこだったが空間までとなると流石に恐ろしい。敵意があるような雰囲気はないのだが、歩き続ける事もいい加減限界が来る。
 もう駄目だ、と立ち止まった目の前に、漸く夜店とその店員以外の人が居た。
 

『…ごめんなさい…』
 

 ドン、と大きな花火の音がして、その人の背に大きな花が咲く。その頃の僕よりも少し大きなその人は消え入りそうな声でそう言っておどおどと頭を下げた。今にも泣きそうなその姿が、僕を逆に安堵させる。
 

『ぼくのせいで、君が…』
 

 そして彼が、この異常な空間の持ち主だと理解する。花火の明かりで照らされた彼は泣きそうに顔を歪めた。これでは言い寄る事も怒る事も出来ないじゃないか。
 こっそり溜息を吐いて、興味深そうに僕を見ている青嵐には気付かぬふりをして彼に歩み寄る。僕の一歩に、彼は大仰にびくついた。
 

『あ、あのっ…』
『大丈夫。怒ったりしないから。』
 

 僕の言葉に少しだけ安心したらしい。やっと頭を上げた彼の目は不安げに揺れていて、彼の空間がここだという事に妙に納得した。
 

『ここは?』
『えっと…』
『怒ったりはしないけど、でも早めに帰りたいんだ。』
 

 家族も心配しているかも知れないから。
 成る可く刺激したりしないよう、子供ながらに言葉を選びながら話しかけた。身長差から僕をじっと見下ろしていた彼は暫く考え込むように黙り込む。そしてもう一度「ごめんなさい」と言った。
 

『ぼく、どうしたら良いかわからなくて…』
『…え…』
 

 たどたどしく彼が喋るには、何時も両親と居るのでこういう事もないのだが今日に限ってはぐれてしまったらしい。まさか僕のように迷い込んでしまう人間が居るとは思っても見なかったので見つけた時には本当に困ったそうだ。
 しかし歩き続ける僕を見て、黙っているのも悪いと思ったらしい。それで、まだ対処法は分からないものの、彼はこうやって僕の前に出てきた。
 青嵐が後ろから茶々を入れるのを聞くに、どうやら彼は妖怪と言うよりも神様というものに近いようだ。
 

『ぼく、君の事だけはちゃんと帰してあげるから…本当に、ごめんね。』
『ああ、うん、もう、帰れるなら良いよ。やろうと思ってやったんじゃないみたいだし…』
 

 取り敢えず、彼自身にも解決方法が分からないのだから仕方ない。このまま歩いてみようという事になった。青嵐と二人だけだったから他の誰かも居てくれれば同じ歩くだけでも新鮮だ。
 と、少しでも前向きに考える事にした。
 

『そう言えば、』
 

 歩き出して暫くして、僕は唐突に声を出した。大袈裟にびくつく彼は、未だ慣れきってくれないらしい。
 

『僕は飯嶋律って言うんだけど…君は?』
『あ、ぼくは…―』

 

 

 

 

「もう何年も前だね。もう律くん大学生だもの。」
 

 そう言ってにっこり笑うのは、僕をあの後も延々と歩かせた張本人だ。彼も成長はするけど僕よりもスローペースらしく、少し前に外見的な面では僕の方が大きくなった。
 

は小さいね。」
「もう少ししたらまたぼくの方が大きくなると思うんだけどなぁ…」
 

 彼はと名乗った。本名なのか略称なのかよく判らないが、彼がそう名乗ったので僕はそう呼んでいる。
 あの後の両親がやって来てくれてあの変な空間から目出度く抜ける事が出来た。半日くらい迷っていたような気がしたが結局実際に経っていた時間は1時間だった。
 

「夏っていうと、あの迷子になった思い出が一番強いんだ。」
「本当…?あの、ご」
「ごめんね、はもう良いから。」
 

 途端顔を曇らせて頭を下げようとするの言葉を遮る。何かと思い出しては謝ろうとするから大変なのだ。今のは、うっかりこういう言い方をしてしまった僕が悪いけれど。
 彼の良い所はとても律儀な所で、悪い所は融通の利かない所だと思う。
 

「うぅ…」
「良いんだよ、あんなの慣れっこだから。」
 

 あまり自慢にならない慣れっこではあるけれども。
 

「結果的に友達が出来たんだから。」
「ぼ、ぼくも…」
 

 が顔を上げた。
 遠くから聞こえるのはお囃子だろうか。もう夏祭りの時期だ。
 は僕を見上げて、あの頃と同じ揺れる目で必死に言葉を紡ぐ。
 

「律くんは一番大事な友達だからね。」
 

 僕の十倍近くは長生きしているだけれど、彼はすごく可愛いのだ。青嵐や司ちゃんの良いおもちゃにされてしまう事もあるくらい。
 言いたい事が言えてはにかむに、僕も笑みを浮かべた。

 

 

 

 

(041231→060823)
こちらもひとつ前の蟲師夢と同じく 夏を題材にしたタイトル消化で年末にアップした作品です。
20題くらいだったんですけどジャンルをかぶらせないように、と思ったらいろんなものに手を出さざるを得なくなって(苦笑)
私的にはとても思い切った挑戦だったなーと今では思います。