王子様のお気に入り

 

「あんれー?王子先輩じゃん。」
 

 背後から聞こえたのんびりした声に、蒼威は振り返った。そこには蒼威が思った通りの人物が立っている。
 

「今日和ー、王子先ぱーい。今日も大量ですね。」
 

 その人物は何が楽しいのかにこにこと笑っていた。すっと手を挙げて、人差し指で蒼威の胸の辺りを指す。そこには、抱えられた大量の女子生徒からのプレゼント。
 

、その王子先輩ってのはどうにかならないのかな?」
「なりませんねー…だって王子先輩って王子様だし。」
 

 訳の判らない理由を口にして、人物―は蒼威へと近づいた。無遠慮にその腕からプレゼントの一つを取り上げ、しげしげと眺める。
 毎度の事ながらすごい贈り物の数だ、と思う。毎度のことですっかり見慣れてしまっているはずなのに、はこれを見る度に感嘆してしまう。
 その頭上で蒼威がひっそりと苦笑していると、ぱっとが顔を上げた。
 

「アハ、みんな見る目無いですよねー」
「本人を前に言わないで欲しいんだが。」
 

 王子と呼ばれ、熱狂的な親衛隊もいる蒼威。文武両道、眉目秀麗。まさに非の打ち所がないとはこのことだ。
 しかし、それはあくまで踏み込まないでいた場合の、表面上だけの話だ。その本性は意外と悪い。外見と外面に騙される者が多い中、だけは何故かすんなりとこの本性を見破った。
 

「あ、すんません。つい。」
 

 あまり申し訳なさそうではない謝罪である。
 蒼威の本性を知ってもなお、は蒼威と繋がりを持ち続けている。気紛れに話しに来ては、また気紛れに帰ってゆくことの繰り返し。自身のペースを決して崩すことなく、蒼威のペースも崩さない。
 手間がかからないというか、蒼威にとっては結構気楽に付き合える。暫く近くに来なければ、早く来ないかと待ち遠しくも思う。その程度には、のことを気に入っていた。
 

「こんな所で何をしてたんだい?D班は欠員が多くて忙しいだろうに。」
 

 自分の腕の中にプレゼントを戻したのを見計らって、蒼威が問う。
 の所属するD班は欠員が5人に誰も扱えないお荷物RFが1体。最悪今回の中間トーナメントを棄権する事にも成りかねない深刻な状態だ。
 

「やだなー、俺だってちゃんと仕事してますって!」
「それはもちろん知ってるさ。」
 

 蒼威の言葉にがへらりと笑った。こんな気の抜ける笑みを浮かべていても、は異才の存在だ。
 設計士と調教士の二重専攻。
 1年前、が編入してきた時には随分と噂になって争奪戦も激しかった。どうしてよりによってD班に所属することになったのかは未だに謎だ。自分の所にいたなら、きっともっと楽しかっただろうに、と口には出さず蒼威は思う。
 そんな蒼威の内心など全く知らず、は少し視線を下げた。もにょもにょと言いにくそうに続ける。
 

「今は一寸…息抜きを。」
「息抜き?」
「うぃす。」
 

 歯切れの悪いその様子にも、何となく、蒼威は今のの調子が判った様な気がした。顔を覗き込めば、いつの間にかへらへらとした笑いが、苦いものに変わってしまっている。目が合えば、はびくりと肩をびくつかせた。
 

「…何時ぶりの?」
「…う…」
 

 蒼威は顔を覗き込むのを止めて、背筋を伸ばす。そうしてから、わざと声にも顔にも表情を無くして言ってやる。
 10センチ程の身長差で、見上げてくるの眉が情けないハの字になった。顔を覗き込まれたときから、いや、自分から息抜きをしていると言ってしまった時点で蒼威にバレることは何となく察してしまったのだろう。
 はぱくぱくと口を閉じたり開いたりする。蒼威は咄嗟に、が何とか話をそらそうとしていることに気付いて先手を打つ。
 


 

 圧倒する声で、名を呼んだ。あうー、とが言葉にならない声を出して観念した様に肩を落とす。
 

「えぇーと…約3日ぶりの息抜きデス…」
「睡眠は?」
「ト、トータル4時間…くらい。」
「食事は?」
「あんま、り…」
 

(あんまりどころか、ほぼ水分以外摂ってないんだろう…。)
 

 あまりに呆れてしまって、蒼威は大きく息を吐き出した。何が息抜きだ。これではドクターストップがかかったから強制的に作業を中断させたというのと変わらない。せいぜい他が止めたか、自分で止めたか、の違いだ。
 蒼威の大きな溜息には顔を強張らせ、そして静かに回れ右、をした。嫌な予感がするのでそろそろ立ち去ろうという魂胆だろう。
 

「来い」
 

 行かせてたまるか、と心の中で呟いた蒼威は、回れ右したの後ろ姿に手を伸ばす。男にしては少しほっそりとしているの二の腕を掴み、引っ張って再びこちらを無理矢理向かせる。そして、顔を見るより早く今度は自分が反対を向いて歩き始めた。


「え!?うわっ…ちょ、ちょっと王子先輩!!!!」
 

 慌てた様なの声が、情けなく後ろから聞こえてくる。その声には一言も応じることなく、蒼威は無言で黙々と歩き続けた。

 

 

 行き着いた場所は蒼威の寮室だった。
 ひとり部屋にしてはあまりにも広いその部屋に連れ込まれたは所在なさげに突っ立っている。
 そこへ、キッチンから皿を手に乗せた蒼威がやってくる。
 

「適当に座るといい」
「…あ、はい。」
 

 おそるおそるといった雰囲気で腰を下ろしたの向かい側に座り、蒼威は手にしていた皿を置いた。
 簡単なサンドイッチとオムレツ。
 皿をまじまじと見つめたは、そのまま蒼威をまじまじと見上げた。信じられないというようなその顔に、蒼威は少々微妙な気持ちになる。自分がこれを作ってふるまってやったことが、そんなに驚くようなことだろうか。
 はもう一度、皿を見下ろしていた。
 

「これ、」
「仕事熱心なのも良いが自分の体調管理は忘れない事だよ。」
「はぁ…」
 

 目の前に置かれた美味しそうな食べ物に、はまだ困惑気味だった。王子様に心配された挙げ句食べ物を貰ったなんて、いくら男でも親衛隊の皆さんに恨まれそうだ。心の中であまり笑えない想像を働かせながら、皿に手を付けるべきか、やはり迷ってしまう。
 が迷っていることは分かっていても、蒼威は早く食べろ、とは言わなかった。別に、早く食べる必要は無いし、自分の目の届くところでこうやっている分には構わない。
 

「あの、王子先ぱ」
「食べ終わったらそっちのベッドを使って仮眠を取る様に。」
「へ?」
「君に倒れて貰っては困るからね。」
 

 の言葉を遮って、蒼威は言った。何なら添い寝しようか?と、冗談半分に続けた言葉は丁重にお断りされてしまった。にっこりと、女子生徒が良く悲鳴を上げる甘い笑みを浮かべてやる。
 それにあっさり絆されてくれるではないが、今回の否は己にあると思ったのか漸く大人しく頷いた。満足そうな蒼威の顔を向かい側に、のろのろと食べ物を口に運び出す。
 暖かな日差しの中、暫しの静寂が訪れる。
 

「…俺が」
 

 不意に、オムレツを食べる手を休めてが声を出した。蒼威が無言である事でその先を急かす。
 

「俺が倒れると王子先輩が困るんですか?」
「ああ、困るね。」
 

 あっさりと即答してやれば、が目をぱちくりさせた。
 

「班違うのに?」
「…班とか、仕事とかそういうのじゃないさ。「君が」というのが重要なんだよ。」
「ふぅん」
 

 判った様な判らなかった様な、そんな曖昧な返事。はそのままオムレツを平らげる作業に没頭し始めてしまい、蒼威は人知れず苦笑した。ここまではっきり言ってやったのに、まだこんなとぼけた返答しか得られないのか。
 をじっと観察していれば、最初は緩慢だったはずなのに食べる勢いが早くなっている。やはり何も食べずに作業していたのだろう。
 優秀であるが故に、周りは「大丈夫だろう」と高を括る。しかし、は優秀であるが為に抜けている。誰かが気をかけなければ、は直ぐに不摂生で倒れてしまう。なのに、優秀なのに託けて周りの人間はそんな簡単なことに気付かない。
 

「結構、君のことが大切なんだよ…?」

「…?何か言いました??」
「いや、何も。」
 

 小さく呟いた声に反応して、手を止めて顔を上げたに、何でもないと手を振って微笑を返す。は微かに眉を寄せて、蒼威を見上げた。
 

「どうした?」
「なーんかその笑みが胡散臭いんですよね。」
「…随分と酷い言われ様だな。」

 

 

 

 

(030924→090208)
懐かしすぎるランブルフィッシュ夢。
昔のいろいろあさってたら見つかって、尚かつ結構気に入ってたので加筆・修正してみました。
角川スニーカー文庫で出てた小説ですね〜、王子恰好良い上にいい性格だったんですよ!