邂逅の時 1
食事の片付けをしながら秀麗が父と家人を見ながら呟いた。 「ねえ、まだ兄様は帰ってらっしゃらないのかしら。」
秀麗がいれてくれた茶を美味しそうにすすりながら、邵可が答えるとふうん、と気のない返事。親子のやり取りを見つめながら静蘭は困ったように笑っている。何か言いたいことがあるが彼らの手前控えている、と言ったところか。 (なんとなく、だけどよ。) 思い当たる、というか、予感できることが燕青にあった。 「あ、そうだわ!」
明るく響いた秀麗の声に、燕青は思考を中断させられる。彼女を見れば父と家人からも同じ様な類の視線を向けられて顔を輝かせていた。 「私、明日早起きしてお饅頭を作ろうかしら。府庫に持って行っておけば兄様も食べてくれるわよね?」
最後の問いは邵可を見ながら。微笑を浮かべた彼はゆっくりと頷いて、秀麗を一層嬉しそうにさせる。どうやら「兄様」は府庫にいる確率が高いらしい。 (見たことねえんだけどなあ…)
仕事の上司、仮面の黄奇人にこき使われて自分も秀麗も府庫には結構な頻度で訪れている。が、邵可や絳攸に会うことはあってもその他の人に会うことはない。けれども、と燕青は気持ちを新にする。彼女が饅頭でも持っていけば、府庫に出没するはずの「兄様」と会える確率は確実に上がるはずだ。そこを捕まえて、話し掛けよう。
次の日から燕青は何かと府庫に顔を出すことにした。奇人から投げられてくる仕事は決して少なくなく、それらを疎かにしているのではさっぱり間に合わない。だから、自分なりに頭を働かせて府庫方面に顔を出す仕事をそれとなく選び取ったり誘導したりした。一瞬、仮面の上司に鋭い視線を投げかけられたような気もしたが無視を決め込んだ。 「ごめんね、燕青くん…まだ居ないんだ。」
府庫に通い始めてから二日三日経つと、部屋に入って首を巡らせる度に最近では邵可が申し訳なさそうに苦笑するようになった。ぼんやりしている割に実は鋭い彼は、燕青が頻繁に府庫に顔を出すようになった訳を察したらしい。 「邵可さーん。」
その日も半分やけくそで燕青は府庫に顔を出した。名目の書翰を手近にあった机の上にどっさりと山にするとそれを片付ける合間に部屋の中をぐるりと見回す。邵可は留守のようだ。 「んー…今回もハズレか。」
呟いて書翰をちゃくちゃくと片付ける。また少し間を置いてから顔を出そう。そう思いながら、いつも秀麗からの差し入れが置いてある窓際の机をちらりと見た。 「―!!」 思わず息を呑む。棚の合間に見えた饅頭ににゅっと手が伸びてくるのが見えたからだ。 (ぜってー、見てやる。) 思いも新たに、予備動作無しで大股に机に近付く。がたん、と大きく椅子の倒れる音。 「おい」
ゆっくり息を整えて、平常心を装ってゆっくりと顔を上げていく。細い身体がまず目に入る。そうして、饅頭をくわえたまま吃驚している顔。きれいに整った顔に垣間見える穏やかさは、邵可に通じるものがあった。艶やかにゆったりと流れる黒髪も、彼ら親子を彷彿とさせる。 (懐かしい…?) 必死に記憶の糸を辿る間に、彼がゆっくりと口を開いた。観念したのだろう、開き直りとも言える落ち着きようだ。 「初にお目にかかる、私は紅―」
ぱん、と何かが弾けるように今度は燕青が目を見開いて大声を上げた。彼の言葉を遮って、最後の一歩を詰めると見下ろした細い身体を考えるより先に抱きしめる。 |
(060912)
長くなったので一区切り。主人公の名前を呼ぶ場所が全くない…