邂逅の時 2
抱きしめたまま、燕青は呟いた。意識はしていなかったが、思っていたことがするりと口に出た。 「相変わらずちっせえなあ、お前は。」
その一言は、少なからず彼の自尊心を傷つけたらしい。強張ってじっとしていたはずの身体が、いきなりばたばたと暴れ出す。燕青の背中を何度もその拳が叩いた。 「ばか言うな!俺はちゃんと身長くらい伸びたんだっ!!」 段々語尾が弱くなって、ついには黙り込んでしまう。にやりと口元に笑みをたたえ、燕青は彼の顔を覗き込んだ。 「やっぱり、だ。」 は不満そうな顔で燕青を見上げる。それすら嬉しいように、燕青は満面の笑みを崩さなかった。 「何で分かるんだ、君は。あれから声変わりだってして…今だって一番前と違う声音で喋ったのに。」
無精髭の不審人物に対して初対面よろしく馬鹿丁寧に挨拶しようとしたのを遮られあっさりと正体を見破られて余程悔しいらしい。 「何でかな、直ぐ分かったぜ。」
が微かに身を捩らせて、漸く燕青は腕の束縛を解いた。改めて真正面から見ると、あの時は思いもしなかった綺麗な顔が視界いっぱいになる。年の頃は同じくらいか、少し下だとにおわせていたはずだけれど十代後半でも通じてしまいそうだ。 「姫さんの兄貴だったんだな。」 しみじみと言えばが首を捻らせる。燕青が饅頭を指さすと、その顔色が変わった。 「兄じゃない!叔父だ!!」
またあの子は俺のことを兄と呼んでいたのか、とは綺麗な顔を歪ませる。流石にこれには燕青も驚いて瞬きを繰り返した。どう見ても「邵可の弟」より「秀麗の兄」の方がしっくりくる外見なのだ。まだ目の前でぶつぶつ言っているは自身を叔父と呼ばせることに拘りを持っているようだが、これでは秀麗が「兄様」と呼んでしまったとしても仕方ない。 「どうにか会わずにやり過ごそうと思ったのに。」
不服そうに呟いて、肘をついた手に顎をのせる。さらさらと流れる黒髪が、燕青の目からの横顔を隠す。向かいにあった椅子の背を引いて、燕青はどっかりと腰を下ろした。 「会ってくれればいいだろ。」 それに今は、季節が悪い。 「…今日からは、ちゃんと帰る。「用事」も終わったからな。」
燕青から寄せられる視線を別の意味で受け取ったのか、きまりが悪そうには言った。元々用事なんて無かったに違いない。全ては燕青から逃げおおせる為の口実だろう。 「なあ」
心からの言葉をすんなりと口にすれば、がこちらを向き直る。その眉が盛大に寄って眉間に皺を何本も作っていた。怒っていると言うよりは、困惑している表情だと燕青は思う。 「直ぐどこかへ行ってしまうくせに、君は俺にそんなことを言うのか。」 恐らく、は燕青がここに来た本当の理由をお見通しだ。 「君の手助けなんてもうしない俺に。隣にいる理由もなくてすぐ置いて行かれるって分かってる俺に…君は。」 嗚呼。 「」
身を乗り出して、両手での顔を挟むと不機嫌そうな顔が泣きそうに歪む。燕青はそれをたまらなく愛しいと思う。 「まだ一月は居るつもりだしさ、それまで一緒に居ようぜ?そうしたら、離れてもまた会える。」 その声に呼応するように、心の中が温かくなる。 |
(060912)
ちなみに少しも恋愛感情は(まだこの時点ではお互い)ありません。
一応このふたりは作中でも散々におわせているように十年前に接点があります。
燕青が茶州州牧になりたての時なんですけど…これはまた、おいおい書けたら。