「…ま…――玄徳様、」


 耳元で囁くように名を呼んだ声と、そっと肩に添えられた手の温もりに目が覚めた。どうやら書簡を読んでいる最中に眠ってしまっていたらしい。
 体を起こすと、脇に控えるの姿があった。他の者の前では滅多に表情が変わらない顔に、少しだけ心配そうな色が浮かんでいる。


「どうかなさいましたか?どこかお身体の調子でも…?」
「…いや、眠っていただけだ。心配かけてすまないな」
「いえ。…ですが相当お疲れのご様子。今日はもう休まれた方がよろしいのでは?」


 確かに普段の自らを顧みれば、このように仕事中に眠ってしまうことなどなかった。だからの言うことは正しいのだろう。
 気付いてしまえば急激に体が重く感じ、頭痛さえしてくるのだから不思議だった。酷くなる前に、の言う通り眠ってしまった方が良いかもしれない。


「ああ、そうだな…。その方が良さそうだ」
「では、白湯でもお持ちしましょう。お体が冷えているでしょうから」


 失礼しますと言ってが出ていくと、辺り一面に静寂が広がった。どのくらい眠ってしまっていたのか、体は確かに冷えていて、が去った後の空気の冷たさにぶるりと身を震わせる。
 起こしてもらった手前、幾ら気怠くとももう一度眠ろうとは思わなかった。眠ってしまったらきっとを困らせる。優しいは起こすことを躊躇いながら、それでも玄徳の体を心配して、困ったように眉を顰めて声をかけるのだろう。
 容易に想像できるそれに小さく笑うと、疲れも少しだけ和らいだ。のことを思うといつもそうだ。その理由に気付いてはいても、今は告げることが出来ないけれど。


「――失礼いたします」


 控えめに戸が叩かれた後、隙間をすり抜けるようにしてが部屋に入ってきた。音を立てない迅速な行動に、先程声をかけられるまで目が覚めなかったのは、相手がだったからなのだろうと考えた。彼の本来の仕事は玄徳の小間使いなどではなく斥候なのである。それも、とても優秀な。相手に気配を悟らせないことなど、からすれば造作無いに違いなかった。


「どうぞ」
「ああ、ありがとう」


 机に置かれた白湯を手に取って、手のひらを暖めてから一口飲む。玄徳の体は思っていたよりも冷えていたらしい。白湯が内側からじんわりと熱を広げていくのを感じながら、ふ、と自嘲気味に微笑んだ。そんなことにさえ気付かないとは、気が回っていない証拠である。


「寝所を整えておきましたので、そちらでゆっくりお休みください。では、私はこれで…」
、」


 去ろうとするに声をかけたのは、ほとんど無意識にだった。とっさに伸ばした手が、いつの間にかの手を掴んでいる。
 一瞬きょとんとしたは、玄徳を見て頬を緩ませた。


「…眠るまで、お傍にいさせて頂いても?」
「……頼む」


 の良いところは、こうやって相手の意を汲んで、自ら買って出るところにある。それにいつも、どんなに助けられているかわからない。
 寝所に横になってからは、まるで赤子にでもなったような気分だった。未だ冷えたままの手のひらはの両手に包み込まれている。人肌で暖めた方が早いからと、が譲らなかったのだ。


「…あまり、ご無理をなさらないでくださいね」
「そうだな…。にも迷惑はかけられないしな」
「迷惑なんかじゃありません。…ただ、心配なんです」


 俯いて、噛み締めるように呟かれた言葉。その言葉が、体の内からも玄徳を暖めてくれる。握られるがままだった手を握ると、更に強く握り締められた。それだけのことが玄徳にとてつもない幸福感を与えているのだとは知っているだろうか。知ってほしいと思う反面、知らないでほしいとも思う。今はまだ、その時期ではない。
 この戦が終わればその時は―――…
 そんな小さな決意を胸に宿し、玄徳はの温もりを感じながら、吸い込まれるように眠りについた。

 

 

秘かに密やかに募り積もる、

 

 

(君への、愛)

 

 

 

 

かがさんへ!
遅ればせながら、お誕生日おめでとうございました!
前に玄徳が好きだと仰られていたので、今年は玄徳に挑戦です(笑)
まったくの初書きなので、キャラが掴みきれていなくて申し訳ないです;;
こんなのでよろしければ、是非貰ってやってください。
かがさんにとって良い1年になりますように!
( 2010/11/23 )

 

 

 

 

(110508)
三月さんにいただきました三国恋戦記夢です!珍しいですよね、ね!!
…まあ、例によって私がお願いしたんですが(笑)三国恋戦記、おもしろいんですよー!
三月さんからいただいたこの夢は2人のビミョーな、もどかしい距離感がなんとも…!
えへへ、三月さんありがとうございました!!

三月さんのサイト「ピエロが泣いた日。」はこちら。