「いやー、世間って狭いよな。」
良く来る居酒屋。オレみたいな若者が好きなだけ呑んで食うには少し敷居が高い。けれど、生憎オレは普通の若者ではないから年齢層の高い客層の中にちゃっかりと紛れ込んでグラスを傾けていた。
向かいに座るのは、その喧噪がまとわりつこうにもつけない、不思議な雰囲気を纏った人。
「オレ、まさかさんが蝶々だなんて思わなかった。」
「…ちょっと、声がでかい。」
片眉を器用に歪めて、オレ同様、そぐわないこの場に溶け込んでいる。さんは運ばれてきた串焼きを一本手に、オレを見やった。
「俺もまさか田辺がそういうことしてるとは思わなかったよ。」
そういうこと、と、いうのはつまりソウイウコト。オレはアカサギと呼ばれる詐欺師で(しかも姉弟揃って!)、さんは詐欺師に情報を落とす情報屋さん。ある一定以上のフィクサーや詐欺師しか蝶々のもたらす情報には肖れない。
オレみたいな詐欺師が、蝶々に直接お目にかかれたのは偶然で、ラッキーだった。それも、その蝶々がオレとそう年の変わらない、しかも学生時代の先輩だったからまた驚いた。
でも、これもラッキー。
「へへ、結構オレ、こういうの向いてるみたいでさ。」
学生時代の友達で、強く印象に残っている人がふたりいる。
ひとりは、同級生の黒崎。誰とも馴染まない、薄い壁一枚で全てを拒絶しているような雰囲気を持っていた。けど、踏み込んでみればその傍はとても居心地が良かった。そういえば彼は今どこにいるんだろう。
「…気をつけた方が良いよ。」
「え?」
「浮き足立ってると、うっかり喰われるかも知れねえから。」
そして、もうひとりがこの人。
さん。
外見は男らしいけど華奢な感じもして、つまりはとても綺麗な人だった。でも、その中身はまさか自分達と同年代には思えないくらい大人びていて、達観していた。それは学生時代からずっと同じで、今となっては寧ろ「変わってない」と言う方がしっくりくる。喋り方は粗野な感じもするし、とっつきにくい訳じゃないのになかなか近付けない人。それがという人で、オレは黒崎と知り合うくらいか少し前からずっとずっとこの人に憧れていた気がする。
それは、恋する気持ちにも似てた。
「やだな、詐欺師を喰うヤツなんているはずないじゃん。」
さんでも冗談言うんだ、なんて笑って唐揚げを手でつまむ。軽く目を閉じて首を振ったさんは、何も言い返してこなかった。
「そういえばね、さん。」
「なに」
学生時代のことを思い出してたら、先の印象に残っているふたりの内ひとりが急に懐かしくなった。
さんは、黒崎とも知り合いだった。オレよりも黒崎はずっとさんの傍に居る気がして、羨ましかった。
「黒崎、って覚えてる?」
「……―ああ。」
「あ、よかった。」
目をきゅっと細めたさんは、直ぐに頷いてくれた。昔のことをいちいち説明し直す必要が無くなってほっとする。
「黒崎が、どうした?」
「うん、懐かしくなって。今何してるんだろうなと思ったから。」
いつの間にか黒崎はオレ達の前から姿を消してしまったから。どこに行ったとか、今何をしているとか、そういうことは全然分からなかった。無責任な噂をする奴等は沢山居たけど、そういうのをいちいち信じる気にもなれなかった。さんは知ってるのかな、と思って一度訊ねたことがあったけど知らなかった。
「そうだな。」
「そうでしょ!街の中でたまたまばったり会えたりしねえかなぁ。」
「…田辺。」
さんの同意が得られたことが嬉しくて、声が弾むと急に低くなった声がオレを呼んだ。
「もし黒崎に会えたとしても…いや、どんな誰にあったとしても。俺のことは…」
「分かってるって!秘密でしょ?」
黒崎も知らないさんの秘密。
オレと、さんの。
ちょっとした優越感を感じて、オレは笑う。
何かを憂いてるみたいな、寂しそうなさんの顔が少しだけ気になった。
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