みんなでたまる店に、みんなより先に向かった。
みんながみんな、何かしらちょっとした用事があって、直ぐに身動きとれなくて。おれひとり、何かしらの用事が無かったのだ。
店に入って、連れが来るから注文はそれからね、と伝えていつもの席に向かう。昼間だから他の客も少なくて(高校生だったらまだ実は授業中だ)いつもの席はちゃんと空いていた。座って携帯でみんなに連絡を、と思ったら、隣の席に誰か居た。ただの「誰か」だったら、おれも気に留めないんだけど、
「! あ、あ!ちゃんさん!!」
「? あ、久美ちゃんの。」
ヤンクミのことを「久美ちゃん」と呼ぶのはちゃんさん。何だっけ、親戚って言ってたっけ、良く覚えてないけど。
重要なのは、おれ(だけじゃないんだけど)がちゃんさんと知り合ったことで、ちゃんさんが年上なのにとびきり可愛くてすてきな人ってことだ。こんな所で、しかもふたりで会えるなんてすごいラッキー。
「武田くんだよね。」
「はいっ!タケって呼んでください、是非!!」
「あはは、元気いーね。」
僕が高校生の時もそうだったっけなーと、おれを和やかな目で見たちゃんさんが独りごちた。
ちゃんさんの高校生時代って、さぞかし可愛らしかったんだろうなって思う。おれ、結構女の子たちからかわいいーって言われるけど、でもちゃんさんのがよっぽど可愛いって!
携帯を出してみんなに連絡を、なんてことはすっかり忘れておれはいつもの席じゃなくてちゃんさんの隣に座った。
ひとりでこんなにこの人に近付けたのって初めてかも。
「ちゃんさん、今日はどうしたの?」
ちゃんさんの前には、すっかり汗をかいたグラス。多分紅茶か何かだと思うんだけど、グラスの下に溶けかけの氷と一緒にちょっとだけ残ってる。コースターに滲む水滴といい、随分とここに居るみたい。
だったらおれももっと早く―例えば全速力とかでここまで来れば良かった。
「ん。芸大生と、待ち合わせ中なんだ。」
優しく眼を細めて、ちゃんさんは言った。
芸大生、って、芸大の学生さんってこと?思わず首を傾げたおれにちゃんさんは微笑んだ。
「高校の時からの、大事な友達。」
久しぶりに会うんだよ、と嬉しそうに言うちゃんさんはすてきだけど、複雑だ。
ヤンクミが初めて受け持ったらしい、ちゃんさんの高校3年生の時のクラス。ちゃんさんにとって、何にも代え難い、大切な大切な1年間なんだって。
時々話にのぼるけれど、その度におれは複雑な気持ちになる。
ちゃんさんの高校時代を聞けるのは楽しい。
楽しいけど、聞く度に入り込めない何かを感じてしまうから。
「前に話してた、沢田ってひと?」
「ううん、慎は芸大行ってないよ。」
おれの問いにちゃんさんは肩を震わせて笑う。沢田ってひとのことを思い出して、芸大とを掛け合わせて笑ってるんだろうな、と察しは付く。
おれも、あと3年早く生まれてたら良かったのに。
「!」
「あ、来た。」
扉が開いて、溢れんばかりの太陽の光と一緒に入って来たのはいかにも芸大生って感じの、恰好良いひとだった。顔を輝かせて立ち上がったちゃんさんに、また気持ちがぐるぐるとからまる。
「おっ待たせー…こっちは?」
「タケくん。久美ちゃんの今の生徒さんだよ。」
「ああ、ヤンクミの。」
立ち上がって、席から少し離れて、芸大生を出迎えたちゃんさんがおれを見ながら紹介してくれる。ヤンクミの、って言った芸大生は笑顔を浮かべておれに頭を下げてくれた。軽く下げた頭をまたあげて、口元に笑み。
例えばさ、隼人とか、竜や、つっちーとかその辺だったら張り合えるって思うよ。
けど、こんなの、格が違いすぎるって言うか、格好良すぎじゃないか。
「それじゃ、どこ行くよ?」
「猛の好きなところでいいよ。」
「晩飯のことなら考えてあるんだけど。」
「気が早いんだよ、猛はさ。」
割り込めない雰囲気で暫く続いたそんなやり取りを見ていた。
ふと、ちゃんさんがおれを見た。
「じゃあ、またね、タケくん。」
「あ、はい」
「ヤンクミによろしくー」
芸大生はおれに向かってそう言って片手を挙げて、それをそのままちゃんさんの肩に。ふたりはそうやって、仲良さそうに顔を接近させたり笑ったりして店を出て行った。
いきなり静かになった店内に、僕はひとり。目の前にはちゃんさんの飲んでた汗かきグラス。
何か、すごい、むかつくっていうか、悔しくて。
「よろしくなんてしてやるか!ばーか!!」
恰好良い背中が消えたドアに思い切り舌を出した。
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