A cold douche

 

 緊張して、いつもみたいに扇子も開けなかった。
 いや、もう扇子のことなんて学ランのポケットに入れたまま存在自体忘れてた。


「それにしても、ほんと…でっかいよね、君って。」


 感動したような隣の人の声に、無意味に背筋が真っ直ぐになったりして。
 思うように喋ることもできなかった。何かひとつ喋ろうと思うと、いつもの何百倍も労力を要する。


「す、すみません!」
「あ、ううん、怒ってる訳じゃなくてさ。」


 それしか言えないみたいにもう一度すみません、と声を張り上げると耐えかねたように彼は吹き出した。本来だったら怒るべきだろうこんな場合でも、ガチガチになったオレは何も言えなかった。
 と、いうか、それすらやっぱり魅力的だったので、怒りすら覚えなかった。
 公園、ベンチに座ってふたりきり。
 学校の式典でも今までやったことないくらいしっかり座ってしっかり膝の上で両拳を固める。


「土屋くんは何時まで経っても慣れてくれないなあ…僕って、そんなに怖い?」
サンはこ、怖くなんてないっス!」
「…怖くないって言うのも年上の威厳がないみたいで微妙だよねえ。」
「! すみませ、」
「ふふ」


 隣の人、サンは足をぶらりとさせて笑った。どうやらからかわれたらしい、と思ったけどまた口を開くとすみませんとしか言えなさそうな気がする。


「うっちーよりも大きいのかな?いいなあ、僕も土屋くんみたいに大きくなりたかったよ。」


 成長期なんてすっかり過ぎ去ってしまったって、サンはひとしきり嘆いてそしてまた笑った。
 ヤンクミ、オレたちのクラスの担任の知り合いらしいこの人と知り合って少し経つ。持ち前の明るさで打ち解けてしまったタケとか、いつの間にか隣を陣取ってる竜とか隼人とか。オレが緊張している間に皆が皆丁度いい距離に間合いを詰めてしまって、気付けば浩介すらしっかり笑顔でサンと話してたりして。
 どう焦ればいいのかすら分からないほど出遅れてしまっていた。


「ぃ、いや、こんなデカくたって何にも良いことないっスから!」
「…そう?」
「そうです。センコーには目ぇつけられてばっかりだし、何にもしてねぇのに怒られるし…」


 折角そんな出遅れまくりのオレはたまたま園でサンとふたりきりで喋れるチャンスに巡り会えた。
 のに、語ってるのは何故か長身のデメリット。
 サンはそれでいいんですよ、ジャストサイズですよ、可愛いんですよって、言いたいけど言えるほど度胸がない。図体ばっかりでかくても、何の役にも立たない。


「ほんと、デカくても何もダメで。」


 微妙に自己嫌悪に陥ってきた。
 男、土屋。これじゃ全く良いところがない。


「そんなことないって!」


 ぽんぽん、と肩を叩かれて、サンの手だって事に気付くのにオレはちょっと時間が要った。サンを見たら、にっこり笑ってる。


「見た目も大事だよ、土屋くんは見た目でまず恰好良いじゃない?」
「かっこいい、」
「うん、僕からしたらすごい羨ましいよ。」


 今までつらつら長身のデメリットを語っていたのに、一気にメリットだらけに思えてきた。現金だと言われたってかまうもんか。
 オレは一世一代の大覚悟(っていうとちょっと大袈裟だけど)でサンに向き合った。
 瞬きして見上げてくるサンに益々思考が勢いづいてきた。と、いうか回転が速すぎてもう自分でもよく判らない。
 でも、今なら、


「あ、の!」
「うん?」
「オ、オレっ…!」


 あなたのことが大好きです、尊敬してます!


、誰?それ。」


 言いたい言葉は、全部口から出てくることなく、腹の底に深く引っ込んでしまった。切り込む、なんてもんじゃない、氷のナイフの様な声が背後からかかったからだ。一瞬にしてオレの思考は普通のスピード以下、停止スレスレまで回転速度を落とす。
 聞き覚えのない声に、それでもメンチきって振り返る勇気はなかった。だって、人生の中で一番怖いと思える声だったからだ。
 でも、サンの顔がぱっと嬉しそうになった。オレの頭を通り越して、怖い声の誰かに向かって。


「慎!どうしたの?散歩?」
「お前に会いに行こうと思って。そんで、近道。」
「あ、この園通ると早いもんね。」


 明らかに地を這うようなこの声の不機嫌は、オレに向かってる。サンはそれに気付いてるのかいないのか、いたって普通に会話を進める。


「この子、土屋くん。久美ちゃんの今の教え子さんなんだ。」
「…へえ。」


 やっぱり、図体がでかくたって、何の役にも立たない。品定めするような視線を背後に感じても、やっぱりオレはサンが「慎」と呼ぶその人を振り返れはしなかった。

 

 

 

 

(070217)
つっちーが可哀想なのがすきです(ぇー)