「うっちーが言ってたんだけどさ、慎そろそろ帰ってくるんだって。」
晩飯にとふたりで立ち寄った居酒屋で切り出せば、の目が丸くなった。それは直ぐに、嬉しそうにほそまる。
「ほんと?」
「ああ、うっちーが誰から聞いたかは良く知らねえんだけど。」
風の噂ってやつかな?と言えば、くすくすと笑った。日本酒が注がれたぐい飲みを一気に煽る。見た目と全くマッチしないこの飲み方は、その実すごい堂に入ってる。
「ヤンクミ元気?」
「久美ちゃん?うん、元気だよ。元気すぎて困るくらい…今の生徒さん達も大変なんじゃない?」
「ああ、昼会ったヤツ?」
「そう」
恩師のことを口に出せばは微苦笑を浮かべながら答えてくれた。
脳裏に浮かぶのは、待ち合わせ場所で会った「今の教え子」くん。すごい顔して見られたけれどやはりアレはライバル心というヤツだろうか。
「猛の方から会いに来たら良いじゃん。喜ぶよ、久美ちゃん。」
「そういうのってガラじゃないのよ。」
大体、会いに行くってもう母校にも居ないのだから、全く知らない高校に乗り込むかヤクザ屋さんの本拠地に足を踏み入れるくらいしか方法がない。
前者はともかく後者は真っ平ごめんだと思った。そこで育ったが怖くないから大丈夫と言っても、怖いもんは怖い。
ヤンクミの素性が知れるまで、オレたちはの事もよく知らなかった。知りたかったけど、は隠し事がうまかったから。
随分とあの時はやきもきしたなあ、と思う。若かった、青春だ。
「大学楽しい?」
手酌でなみなみと酒を注ぎながらが訊ねてくる。オレは適当に頷いて、適当な授業のことを話した。デッサンばっかりやってる授業とか、論理的なことばっかり聞かされる授業とか。大学には結局進まなかったは、それでも興味津々な様子で聞いてくれる。
芸大の時点で無理だけど、同じ大学生になってみたかったな、とオレは時々思う。
「はさ、」
「?」
手酌は一気に煽った後の嘆息よりも外見と似合わないので今度はオレがついでやる。
「ヤンクミの今の教え子ちゃんたちとも、仲良いの?」
会えないから、いつの間にかに知り合いが増えていたりすると気になって仕方がない。高校の頃は、仲間内の抜け駆けが無いかだけを気にしていたら良かったけど。
考え込んだは、難しい顔で口を開いた。
「仲良い…っていうのは何か違う気もするな。」
「そうなん?」
「あの子達と居るとさ、思い出すんだよ。」
優しくほそめた目はオレじゃないどこか遠くを見ている気がした。高校時代が見えている、と言ったらどんだけメルヘンな頭をしてるんだとうっちーあたりにどつかれそうだ。
「猛たちと過ごした1年間。」
もう戻りたくたって戻れないあの頃は、本当に毎日が楽しかった。
特に、とヤンクミが現れた、あの3年生の1年間。オレも、今日待ち合わせ場所でをきらきらとした目で見ている学ランのあいつを見てちょっとだけ懐かしくなった。
「慎、帰ってきたらみんなで遊ぼう。」
「そうだな。ゲーセン行って、」
「カラオケ行ってね。」
ふたりで顔を見合わせて笑った。
ナンパもする?というの問いには首を左右に振る。
本当はあの頃も、お前が居たらナンパなんてしなくて良かったんだけどな、と打ち明けることは叶わなかったけれど。
あの時の仲間で、またバカ言って騒げるのならそれだけできっとすごく幸せだろう。
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