A house of cards

 

さん」
「…田辺、」
 

 その時のさんは、少し洒落たカフェに溶け込んで雑誌を捲りながらコーヒーをすすってた。いきなり覗き込んだオレに珍しく驚いたように瞠目してコーヒーカップを皿に戻す。
 オレは薄っぺらい笑顔で断りも入れずにさんの向かい側に座る。
 

「いつ?」
「昨日。その足で、初めてフィクサーのじいさんに会っちゃって。」
 

 いきなり連れてかれたときは吃驚したけど。
 微妙に荒れてたオレを一瞥したいかにも食えなさそうなじいさんはメモ用紙一枚で日時と場所を指名して来いと言った。それが、今日、この場所。
 出てこれた祝いだろうか、それとも、懲りずに未だ詐欺師を続けようというオレへの手向けだろうか。
 あのじいさんは、噂でも誰も敵わないって、有名だから。だから、あのじいさんの意図は何でも良かった。会いたかった、さんに会えたから、それで。

 まだオレは、踊らされてるくらいが丁度いい。
 

「あの人に会ったってことは、田辺、お前。」
 

 じっと探るような瞳に、オレは目をそらさなかった。
 この人の言葉の裏にあるいくつかを、前は気付かなかったそれらを、今のオレはちょっとだけ分かってる。
 

「続けるよ?止める気なんて、ないし。」
「でも、黒崎は―」
「吹っ切れたって言ったら嘘だけど、もう、喰われない。」
 

 久しぶりに会えた旧友に結局売られてしまって、いや、あっさりと喰われてしまったオレ。暫く腹が立って腹が立って、苛ついて仕方なかったけど。
 意地でも何でもなく、詐欺師を止める気にはならなかった。もう今更、って感じだろうか。
 

さん、今どこに住んでんの?」
 

 オレの問いに、さんの目が微かに揺れた。
 

「…黒崎のアパート。」
「そっか」
 

 同じ詐欺師なのに、のうのうと変わらずに生きてて、それでもってあの時から変わらずオレよりもさんに近い場所に居るあいつ。
 久しぶりに顔を合わせて分かったことは、オレはきっとこの人を好きだってこと。黒崎を羨ましがってるばかりじゃ駄目で、頑張らなきゃだめってこと。この人の一挙一動から分かることをもう見落としちゃいけない。
 オレの未練は、黒崎なんかじゃなくてさんだ。
 

「あのさ、さんはさ…黒崎のことが好きなの?」
 

 確認するように問いかける。
 さんは泣きそうな顔で一瞬俯いて、直ぐに無表情に戻ってコーヒーをすする。
 

「分からない」
「…」
「…けど、」
 

 絞り出すような声に、オレはテーブルに片肘を突いた。近くを通った店員のおねえさんにカプチーノを頼む。
 ふ、とさんが息を吐き出した。笑おうとして失敗したみたいな貌だった。
 

「このままじゃ、駄目だ。」
 

 近状は、フィクサーのじいさんの側にいた女の人にいくらか聞いてる。黒崎の変化とか、さんが傷付くかも知れないこととか。聡いこの人はきっと全部理解してるはずだと思った。分かった上で、黒崎のために手ひどく自分を傷つけるんじゃないかって。
 

「黒崎の為にもなんねえし、それに、俺は、」
 

 言葉が切れて、再びさんが俯いたタイミングでカプチーノが運ばれてきた。持ってきてくれたおねえさんに愛想良く笑って手を振る。
 おねえさんから剥がした視界に、テーブルに投げ出されたさんの手が映り込んだ。ぎゅっと、固く握られた拳は元からか、握りすぎて血の気が引いているのか、真っ白。おねえさんに振った手を、そっとさんの拳に被せた。
 

「田辺…」
「ん?」
「俺、ごめん。」
「謝んなくていいよ、必要ないしさ。」
 

 目の前で、ギシギシと、音を立ててるみたいだった。きっと、もうすぐ壊れてしまう。

 

 こんな弱々しくなってるこの人を、俺は知らない。

 

 

 

 

(070617)
実は未だ書いてた!的にクロサギ夢です。しかも田辺!!(笑)
小山の慶ちゃんが演じてた子だし、可哀想なところが結構好きだったんです(ぇぇ)