特別任務

 

「いや、無理ですって。」
 

 下っ端ながら、心底呆れた声を出してしまった。この人達、俺よりも年上で、経験も豊富なクセして真面目な顔で何を言い出すんだ。
 

「いや、…何とかなると思うから、やってくれないか。」
 

 俺以外の視線に突かれて、霧島さんが目を泳がせながらそんなことを言う。この人は一番まともだ。だって、その顔を見れば今回の作戦を馬鹿馬鹿しいと思っていることが直ぐ分かる。ただ、それを自ら進んで指摘してくれることが無いのが残念だ。「何とかなる」しかも「思う」って、それはもう結果も含めて丸投げしてるって事だろう。
 しかし、かなしいかな、霧島さんは俺を助けてくれる気はないみたいだし、俺も固辞するという道は無い。なぜなら俺は組織の一員であり、下っ端だから。
 

(それにしても、一体誰がこんな作戦考えついたんだか…。)
 

 これ見よがしに大きく溜息を吐いて、わかりましたよ、と小声で言った。途端、周りの空気は「やれやれ良かった」と、まるでもう作戦が成功したみたいに安心しきったものになる。一番ほっとしていたのは、これ以上無理な説得を続けなくて良くなった霧島さんだ。
 俺の今回の任務。それは、高校生もしくは大学生に変装して、ファルコンの動きを見守ること。
 大体、大学院を出てからもう数年経った俺に、高校生と言うのが無理がありすぎるだろう。大学生というのも、自分では無理があると思う。もう、あんな若い空気を出せと言われてもどうしたらいいのか分からない。仕事では、こんな風にしっかり老成しきった年上の先輩方に囲まれているし、休日もあって無いようなものだから外出せずに家で寝てばっかりだ。洋服すら、最近ほとんど買ってない。家にはスーツとワイシャツが溢れている。服装についての指示が何もないところを見ると、どうやら自費で洋服を見繕う必要があるらしい。本当に、とんでもない作戦だ。
 

「ファルコン見てるだけなら、別に大学生になりすます必要なんて無いと思いますけど。」
「仕方ないだろ、サードアイ自体はバレてるし、こないだの一件で確実に顔を見られてないと言えるのはあの日非番だったお前だけだ。」
 

 納得してないけど任務は受けた。でもやっぱり釈然としないものがあってぼやくと、加納さんが鼻で笑う。まさか学生に化けれる程若いサードアイは居ないだろう、と言うことか。
 高木課長補佐の息子さん、高木藤丸くん。彼がスゴ腕のハッカー「ファルコン」として、サードアイのデータにハッキングしたから、ここ数ヶ月、サードアイは ざわついて落ち着かなかった。いろいろあって、彼は表だったお咎めは無しになり、無事解放されたわけだけど、まだサードアイやその上の人達は彼に対して安心しきれない部分があるんだろう。
 そこで、今回の作戦だ。期間は約一ヶ月。その間、彼を付かず離れず監視して、おかしな動きを見せないか見守る。他の任務や仕事、雑用は全部免除。一ヶ月間はずっと、高木藤丸ただひとりを見守っているだけで良い。多分、もう彼は暫く目立った「おいた」もしないだろうから、正直楽な任務だとは思う。ちゃんとした休みが無くなる分、監視する時間帯は彼が外出している間だけだから、早く家に帰れる。
 

「…すまんな、。こんな任務を押しつけて。」
「いえ、高木さん。気になさらないでください…ほら、加納さんにやれたって無理だし。」
「おいこら!」
 

 10以上も年下の少年を監視するっていうのがまず気分が良くないし、高校生もしくは大学生に変装しろという指示も気に入らない。でも、高木さんのことは密かに慕っているし、嫌だ嫌だといつまでも駄々をこねるほど子供でもない。
 いつもの静かな顔に少しだけ申し訳なさそうな色を混ぜてこちらを見る高木さんに俺は笑って見せた。空気を和らげようと言ってみたフォローのお陰で、加納さんに頭を殴られてしまったけれど。

 

 

 その後、小さな会議室で改めて説明を聞いた後、俺は机にひとり突っ伏していた。やっぱりどう考えたって学生にはなりきれない気がする。変に若い恰好で、若いふりをする自分を想像したらものすごく無理があるのだ。かなり寒い。恥ずかしい。
 

「なんだ、まだここにいたの?」
「…南海さん。」
 

 ふと、入り口の方から声がしてのろのろと顔を上げると、いつも通り綺麗な顔に厳しい表情を浮かべた南海さんが立っていた。呆れたようにも見える彼女は、小脇に何か雑誌を抱えている。
 そのまま部屋に入って来て、彼女は俺の向かい側に座った。その姿を見ながら、どうせなら南海さんがこの任務を受ければいいのに、と思わずにいられない。彼女だって十分まだ学生に見える。綺麗とはいうものの、可愛いと言ったって全然違和感がないくらいだ。
 

「私にやればいいのにとか思っても無駄だからね。あんた、私が学生のフリしてて大丈夫だとでも本気で思ってるの?」
「…思いません。」
 

 睨み付けてきた南海さんに、あっさりと降参する。確かに、外見的には問題ないけど、彼女は中身がすっかりサードアイだ。こうやって、視線だけでも人を居殺せそうな雰囲気を身に纏っているのだ。いくら服装をどうにかしても、この滲み出る殺気にも似たオーラをどうにもできないのでは、任務にならない。
 

「それで、どうしたんですか?」
「これ、に餞別。あげるわ。」
 

 そう言いながら、南海さんは俺に抱えていた雑誌を放り投げてきた。空中でそれをキャッチして、両手に持って見てみる。モデルだか俳優だか、とにかく若くて華奢な青年が表紙を飾っているそれは、いわゆるファッション雑誌だった。全く持って、この場、つまりサードアイには相応しくない。
 女性職員たちはまだ休憩室にファッション雑誌を持ち込んだりしているけど、自分達男はそんなこともない。霧島さんを始め、恰好良い外見の職員もいるけれど、ファッションに興味がある人は面白いくらいにいない。みんな、良い意味で仕事バカばかりなのだ。
 俺も例に漏れず、こういう雑誌とは縁がなかった。雑誌の名前を見たことがないのはもちろん、この表紙を飾る眩しい笑顔の青年ですら見たことがない。
 

「私たちが選んだの。それ見て勉強したら、きっとなら学生に見えるでしょ。」
 

 まじまじと雑誌を見つめていた俺にクールな視線を向けながら、南海さんは言った。俺に雑誌を手渡すという面倒な役を押しつけられて少し迷惑そうだったけど、確実に少し楽しそうだ。
 絶対、女の先輩方は、俺のこの任務を楽しんでる。俺はこの時はっきりとそれを悟った。みんな最近ピリピリしてたから、きっとこの任務で息抜きしてるんだ。俺は、今から無理して若作りしなきゃいけないって言うのに。何となく、理不尽なものを感じる。
 

「プリクラ撮ったら、渡しなさいよ。」
「んなもん撮りません。」
 

 思わずムキになって言い返した俺に、彼女はそれはそれは楽しそうな顔で笑った。どういう恰好をしたらいいのか見当も付かなかったから、確かに雑誌は有難かったけれど、お礼を言うタイミングを逃してしまった。ここでお礼を言っても、何だか間抜けだ。
 結局俺は待ちに待っていた次の休日丸一日を、慣れない洋服選びと購入に費やすハメになった。全くしたくもない事に休日を棒に振り疲れ切って帰途についた俺が、携帯電話片手に尾行してきた先輩達に気付き追いかけ回して更に余計な体力を使ったのは、また別の話だ。

 

 

 

 

(090206)
最初に言っておくと、ドラマしか見たことがありません。
何となく見始めてずっと見てたんですけど、中身が中身だけにちょっと夢を書こうかどうか迷ってたんですよね〜。
でも、今回ドラマ設定で書かれてる方がいらっしゃったので、便乗してみました(笑)
ドラマ設定で1話よりも大分前。サードアイみんなの弟的存在です。